<前編あらすじ>
4歳の娘・美織のささいな一言からお受験に熱を入れるようになった一美だが、夫の康は「美織はまだよくわかっていないのでは」と否定的だ。
そんな康の姿が教育熱心ではなかった実の親の姿に被ったのか、一美はより一層美織のお受験に身も心もささげるようになっていく。二人の溝は深まるばかり、そして美織の表情にも陰りが見えるようになってしまう……。
●前編:「私たちが道を示してあげなきゃ」娘の幸せを願う平凡な主婦がハマってしまった「お受験の沼」
お受験に身が入らない夫に苛立ち
一美は毎朝誰よりも早く起き、リビングで受験に関する書類を広げるのが日課になっていた。康が制止する言葉も耳に入らない。一美の中で、美織の将来のためにできる限りのことをするという決意がすべてだった。
「美織のためなんだから」
一美はその言葉を呪文のように何度も繰り返した。
いつの間にかママ友の中でも、一美は「教育熱心な母」として知られるようになっていた。塾の送迎を欠かさず、模試の結果に一喜一憂しながら、他の母親たちと情報交換に勤しむ。習い事をさせておいたほうがいいと聞けば、美織にピアノを始めさせ、日夜付きっ切りで練習させた。次第に一美はママ友たちの輪の中心に立つようになり、他の母親たちから相談を持ちかけられることも増えた。
しかし一方で。家庭のなかでは孤立してもいた。受験に対して前のめりになる一美に反し、康は何かにつけて後ろ向きだった。小学校受験は親の受験とも言われており、特に面接対策に向けて、夫婦ともに協力するという姿勢は欠かせない。それなのに康は、塾の面接練習会にも仕事を理由に遅刻し、髪の毛もボサボサでやってくる。
志望動機を聞かれれば「娘のためにそうしろと言われたので……」と満場一致で不合格となるような返答をするありさまだった。康のやる気のない態度に両親の姿が重なり、一美はさらに苛立ちを募らせた。
「どうしてちゃんとやってくれないの? 父親なら父親らしくしてよ!」
「父親らしくって何だよ。もう勘弁してくれよ!」
いつの間にか、夫婦の会話はほとんどが口論になっていた。