<前編のあらすじ>

フリーランスで編集ライターをしている夫・裕とパートで働く妻の一美、二人の暮らしは決して裕福ではないものの、順風満帆と言えるものだった。

しかし、裕の新型コロナウイルスり患を期に陰りが見えるようになる。後遺症に悩まされたのか、裕はうまく原稿が書けなくなり、しまいには締め切りを守れず、執筆のペースを落とさざるを得なくなる事態に。

収入は下がるばかり。しかも裕にはフリーランスで働いているため、なんの保障もないにも関わらず、国民年金保険料を支払っていないという大きな問題もあった。

二人の生活はどうなってしまうのか……。そんなおり、大手銀行に勤める息子の達郎が帰ってくる。

●前編:「生涯現役」が口癖のフリーランス夫がコロナにり患し収入激減、50代夫婦に訪れたあわや老後破産の危機

大阪で働く息子が帰郷

年の暮れに、久しぶりに息子の達郎が帰ってくることになった。

達郎は都内の私大を卒業したあと、大手銀行に就職した。いくつかの支社を転々とし、今は大阪で働いている。時折連絡こそ取っていたものの、年末に帰ってくるのは3年ぶり。

しかし嬉しいはずなのに、素直に歓迎できずにいることが苦しかった。

一美は、達郎に夫の窮状を悟られないかを気がかりに思っていた。自分の人生を歩んでいる息子に余計な心配をかけたくないという気持ちが強く、裕がコロナに感染したことは電話で伝えていたものの、その後の後遺症や裕の仕事、家計のことは達郎に話したことがなかった。

そして一美の懸念はあっさりと息子に見抜かれる。「父さんどうしたんだよ?」と聞かれたのは、裕を置いておせちの具材を買うために近所のスーパーへ車で買い物に出ていたときだった。

「どうって?」

「とぼけるなって。明らかに変だろ。前まで生涯現役だとか言って、年末年始だって構わず仕事してたのに、さっきちょっと書斎覗いたら、いびきかいて寝てたよ」

息子に情けない姿は見せられないと書斎に引っ込んでいたのだろう。だが集中力が続かず、何もしていないのに疲れている裕はデスクに向かって仕事をしているふりをすることさえできなかったらしい。

もう隠しているのは難しく、一美は諦めてすべてを話すことにした。運転席でハンドルを握る達郎は静かに聞いていたが、衝撃は受けたらしく、話し終えてもしばらくは黙り込んだままだった。

やがて、達郎が「あとどれくらいあるの?」と訊いてきて、一美は一瞬なんのことか分からずに首を傾げた。

「貯金だよ。老後貯めてたってやつ」

「そうね。あと600万くらいはあったと思うけど」

「足りないね……」達郎は神妙な表情で考え込む。「老後はだいたい2000万くらい必要って言われてるんだよ。もちろん母さんのパートもあるし、父さんだって働けるうちは働くだろうから全然足りないってこともないだろうけど、けっこう厳しいね」

「厳しい」と改めて突きつけられた現実に、一美は返す言葉もない。分かってはいたが、裕の痛々しい様子を見ているのが辛く、なるべく考えないようにしていたことでもあった。

「年金は? 今はひとまず貯金とかでしのいでさ、減額はされるけど、繰り上げで60歳から少し早めにもらうっていうのも手だと思うけど」

「それがね……」

達郎が親を思って真剣に提案してくれていることはよく分かる。だからこそ、事実を伝えるのがどうしようもなく申し訳なかった。

「え、払ってないの?」

「そうなの……。お父さん、生涯現役だって言ってたでしょ。それに年金なんてあてにならないから、自分たちの老後は自分で面倒見ればいいんだって」

「いやいや、それで病気して50代から貯金すり減らしてるなんて笑えないでしょ。何考えてんだか……」

達郎が呆れたと言わんばかり頭を抱える。一美にはもうどうすることもできず、ただただ「ごめんなさい」と胸のうちの申し訳なさを煮詰めた言葉がこぼれる。

「母さんが謝ることじゃないけどさ、ちょっと父さんの好き勝手やらせすぎだよ。今日、俺のほうから父さんに話してみるからさ」