納得がいかない浩美さん

その2週間後、私は隆人さんの自宅にて浩美さんと対面。隆人さん同席のもと、浩美さんに話を説明していく。

生前に父である治さんと隆人さんの依頼を受けて贈与契約書を作成したこと。そして実印での押印を指示したことなど契約書作成の経緯を丁寧に話していく。加えて、補足して一般的には贈与契約自体は契約書がなくとも有効であることも説明する。

しかし、浩美さんは一歩も譲らない。

「話は分かりました。でも私は納得いきません」

そしてこうも続ける。

「契約書の作成だって、この子が父を騙しているかもしれないし、なにか裏があるのかもしれない。実印じゃないと信用できない」

その後は主に隆人さんと浩美さんの話し合いとなったが結局話はまとまらなかった。

姉の強硬手段にとうとう折れる隆人さん

そこからさらに2週間後、とうとう浩美さんが強硬手段に出た。なんと浩美さんが弁護士を雇ったのだ。以降はその弁護士と連絡を取るように書かれた内容証明郵便が届いたという。

さらには10日以内にお金を返金したうえで遺産分割を等分で実行することに同意しなければ、裁判手続きでの解決に移行するとも書かれていた。

ここで隆人さんは絶望し、何もかもがどうでもよくなったという。そして、浩美さんの言い分に従い、お金を全額返金し、遺産分割を行った。

「家族の絆なんてないんですよ、綺麗ごとですあんなのは」

久方ぶりに話をした隆人さんはずいぶんとやつれていた。あれ以来ショックで仕事を休職し基本的には家に引きこもっているといい、その日は5日ぶりの外出だったそうだ。

姉の浩美さんとは全く連絡を取っておらず、今後もとる気はないという。

別れ際「印鑑は実印で押すべきだった……」と隆人さんは心労の極まった表情でつぶやく。

おそらく浩美さんと隆人さんの事例は本当に氷山の一角。このように契約書の押印が相続問題に発展し、姉弟の絆を引き裂くこともある。

契約書は家族間であっても必ず実印で押印すべきだ。契約自体の効力と人間の気持ちは別問題。契約は有効だと思い甘く見ると痛い目を見ることになる。

繰り返すが契約書への押印は実印でするのが基本。浩美さんや隆人さんのように家族がバラバラになってしまわないためにも、特に贈与や相続に関する押印には実印を徹底するべきなのだ。

※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。