<前編のあらすじ>

長澤家の長女の浩美さん(仮名、以下同)と弟の隆人さんとの間で起きた相続争い。原因は2年前、隆人さんが姉の浩美さんに内緒で父親の治さんからおよそ500万円もの金銭支援を受けていたことだった。当時、治さんと隆人さんで贈与契約書を作成していたものの、浩美さんには告げていなかった。

その事実が2年後、治さんが亡くなったことで遺品整理中に通帳の履歴から発覚した。

説明を尽くしても納得しない浩美さんに対し、隆人さんは贈与契約書を突き付ける。しかし、印鑑が実印でなかったことで、浩美さんの疑念はますます深まり、訴訟の話にまで発展してしまう。

●前編:【「もう一生かかわりたくない」父親の遺品整理中、通帳に不審な履歴を発見…弟が姉に隠していた秘密】

隆人さんが実印を押さなかった理由

後日、私は隆人さんからことの経緯を聞いた。そして彼に即答した。

「なぜ実印で押さなかったのですか? 私は再三注意しましたよね?」

隆人さんはバツが悪そうに答える。

「面倒に思ったのと……印鑑なしでも契約の効果自体はあるってネットで見たので……」

そう、彼の言う通り贈与契約自体もそうだが契約書の有効無効にも実印かどうかは関係がない。

しかし、一般的にはこういった相続が絡むなど重要な場面であるからこそ、実印でないことがおかしく感じられることもある。それゆえ、時期や金額などによってはその贈与契約書が偽造であり、お金の動きも不法なものと思われかねない。

それが相続の場において、親から相続人の1人たる子への贈与の発覚とあれば、相続人同士でもめることは誰にでも簡単に想像できる。

「お願いですから、契約書を作ったことだけでも姉に話してもらえないでしょうか」

彼に懇願され悩むが、最終的に私は「別途費用はいただきますが、契約書を作成した旨とその経緯などに限って説明させていただきます」と回答した。