<前編のあらすじ>
専業主婦の美律子(40歳)の生きがいは、4年前こだわりにこだわって建てたマイホームを美しく保つことだ。ホテル風のインテリアはもちろん、玄関先のガーデニングにまで余念がない。息子たちや夫も美律子が家をクオリティー高く保っていることをうれしく思っている。
今年は猛暑で、家のなかだというのに暑い。専業主婦としてずっと家にいる美律子は、普段よりもクーラーの温度を下げて過ごしていた。
大型台風の直撃への注意が連日ニュースで流れていたある日、美律子は家の壁にコケが生えているのを発見する。外壁周りを徹底的に掃除した美律子は、家の壁に細かいひび割れが入っていることに気づく。
●前編:「外壁にヒビが」台風前の不安…専業主婦の生きがいを奪った「まさかの原因」
まさかの欠陥住宅⁉
美律子は掃除用のバケツとブラシを持ったまま、家の壁にできたひび割れをじっと見つめていた。ピクリとも動かず壁を凝視している美津子の様子は、はたから見れば不思議だっただろうが、胸が締め付けられるような不安感に襲われ、その場から動けなかったのだ。
もしかして傷のように見えるだけで、これもただの汚れなのではと思い、試しに指でなぞってみたが、感触からして間違いなくひび割れのようだ。
――大切な自宅が傷ついている。
ようやくその事実に思い至ると、心の中で徐々に小さなパニックが広がっていった。美津子は壁とにらめっこしながら、混乱する頭で1人もんもんと考え込んでいた。
こだわりのマイホームを建てるにあたって、美津子は使用する建築資材の種類や特徴に至るまで徹底的に調べ上げていた。通常、外壁塗装の耐久年数は7~10年のはず。新築からたった4年で、ここまで劣化することがあるだろうか。
この家に住むようになってから、美津子たちの地域で目立った自然災害はなかった。大きな衝撃も受けていないのに、壁にヒビが入るなんて絶対におかしい。手抜き工事を疑った美津子は、すぐさま業者に問い合わせた。
「そちらで建てていただいた家の壁にひび割れができてるんです。まだ新築4年目なのに、ですよ? 一体どうなってるんですか?」
「ご心配をおかけして大変申し訳ございません。当社で点検の手配をさせていただきます」
担当者は終始丁寧な対応で謝罪をしてくれたが、訪問の予約が取れたのは一週間後。
美津子は、じりじりとした気持ちでその日を待った。
週末にはいつも通り息子の同級生一家が来てくれることになっていたが、美津子は泣く泣く予定をキャンセルすることにした。
美津子が自らホームパーティーを中止にするのは、この4年間で初めてのことだった。表向きのキャンセル理由は台風接近のためということになっていたが、夫には美津子が外壁の件で落ち込んでいることがお見通しだったらしい。
「美津子、家のことならそんなに心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと点検しに行くって言われたんだろ?」
「うん、そうなんだけど、もしも欠陥住宅だったらと思うと怖くて……」
夫が安心させるように何度も声をかけてくれたが、美津子の心が晴れることはなかった。
いつも家族の中心にいる美津子が気落ちしているせいか、息子もいつもより心なしかおとなしい。夫と息子に申し訳なさを感じた美津子は、なるべく2人の前では明るく振る舞おうと努力したが、1人になるとどうしても壁のひび割れのことを考えてしまうのだった。
他にも私が気付いていない傷があるかもしれない。あれだけ時間とお金をかけて建てた家が欠陥住宅だったらどうしよう。
悪い想像ばかりが膨らんでいき、美津子は寝ても覚めても家のことが頭から離れなかった。