いつまでたっても結婚できないぞ
「その気はある。俺も41だし、そろそろ決めないとな」
「どうやって結婚相手は探してるんだ?」
村尾は携帯の画面を見せる。
「これ、マッチングアプリだよ。ここで結婚相手を見つけてるんだ」
武知は感心したような声をもらす。
「へえ、お前がこんな今どきのもんをねえ……」
「そんな最新のものでもねえって」
武知は身を乗り出して、興味を示す。
「どう、良い感じ?」
「んー、マッチングはできるんだけど、すぐに連絡が取れなくなるんだよ」
「お前、何か変なこと言ってるんじゃない?」
「そんなことないって。結婚の意思があるってこととか、結婚相手に求める条件とかを話してるだけだよ」
そこで武知はけげんな表情をする。
「会っていきなりそんな話ししたら、向こう、嫌なんじゃないの?」
「結婚のために会ってるんだし、そんなわけねえだろ。それにお互いの相性とか求めるものが合わないのに、連絡を取るなんて時間の無駄じゃん。だから、先にお互いの意思を確かめるんだよ」
「……ちなみにお前は相手に何を求めてるの?」
「まあ、文学に明るくて、家事も育児も全部やってくれる人かな。あと、年収も500万はほしい」
村尾がそう説明すると、武知は目を見開いた。
「それ、相手の人にも伝えたのか?」
「当たり前だろ?」
武知はそこで頭を押さえ、ため息をつく。
「それ、マジで言ってんの? 文学にも明るく家事も子育ても一手に引き受けてくれる人って……」
「ああ、だって、結婚ってそういうことだろ? けっきょく兼業で作家するってなったら、最大の懸念は執筆時間だと思うんだ。集中したいから、家事とかは全部やってもらわないと」
武知は口をあんぐりと開けたまま、首を横に振る。
「そんなわけないだろ。というか、そんなこと言うな。そんなこと言うヤツと誰が一緒になりたいと思うんだよ?」
村尾は首をかしげる。
「何言ってんだ? 俺はこう思ってるんだから、ちゃんと伝えないとダメに決まってるだろ? 誤解を持ったまま結婚しても、お互いが不幸になるだけだ」
「いや、それは分かるけどさ、お前、今どき、家事も育児も全部嫁さんにやらせようとするなんてどうかしてるぜ?」
武知は必死の顔で訴えてくるが、村尾は意味が分からなかった。
「間違ってなんてない。別にこれは悪いことじゃないし、家庭にもそれぞれの色があってしかるべきだ。俺は小説家を目指し、プロになったら兼業作家を続けるつもりだ。そのためには家事や育児をやってる場合じゃないんだよ」
「んなこと言ってたら、いつまでたっても結婚なんてできねえぞ……」
「何でだよ? 現に今、俺はマッチングしている女の人がいるんだ。話し合えば分かってもらえるさ」
村尾は武知を見ていて哀れな気持ちになる。結婚に失敗した武知は、自由な価値観で結婚を目指す自分をひがんでいるのだ。村尾はそれ以上、武知の話に耳を傾けず、今度のデートで使う店をSNSで探し始めた。
●自分が見えていない、自分の立ち位置がわかっていない村尾。マッチングはうまくいくのだろうか? 後編【「家事育児は全部女性に…」時代錯誤な条件でマッチング相手を怒らせた41歳婚活男の“悲惨な末路”】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。