そんな結婚なら失敗だな
「どう? 執筆は順調か?」
ジョッキを飲み干して、武知は聞いてきた。村尾が吐き出したため息は居酒屋の騒がしさのなかに溶けていく。武知とは大学の文芸サークルで知り合った仲で、かつては共に小説家を目指したりもしていた。武知だけには、自分が再び小説家を目指していることを話している。
「まあ、ぼちぼちだな。テーマは決まってるんだが、これっていう展開が思いつかないんだよ。もっとこう、今までにないような、大胆だけど繊細な、展開がさ」
枝豆を口にしながら、武知はうなずく。
「いいな、大学時代と変わらないな。それでこそ“大和緑の介”だよ。お前だけは卒業しても小説家を目指すと思ってたからな」
「止めろよ。ペンネームで呼ぶな」
武知は嫌そうな反応をする村尾を見て、いたずらっぽく笑った。
「この名前で出してんだろ?」
「ああ、適当につけた名前だけど、やっぱり愛着があるからさ」
「いいなぁ、俺もそんな風に何か目標とかあればなぁ」
伸びをする武知に村尾は冷たい目線を向ける。
「夢とか目標はいつでも追いかけられるだろ? 年齢を言い訳にするなよ」
「そんなんじゃないって。でもさ、やっぱり家族がいて、子供がいるとなると、自分のワガママを押し通すことができなくなるわけ。お前が小説を書いてる時間、俺とかは家族サービスをしないといけないんだよ」
情けないことを言う武知に村尾はいら立ちを覚えた。
「それはきちんと話し合えばいいだけだろ? やりたいことがあるから、子供のことは嫁にやってもらえばいい。最終的に目標をかなえたら、家族全体がその恩恵を享受できるんだから」
「それがうまく行くかどうか分からないから、理解を得るのが難しいんだって」
武知が何も知らないなと言ってるようでムカついた。
「そんな結婚なら失敗だな。俺は俺のやりたいことを理解してくる女性としか結婚しないから」
村尾の言葉に武知は目をパチクリさせる。
「……お前、結婚するの?」