志保さんに作成を勧めた公正証書とはどんなものなのか
私が志保さんに勧めた公正証書とは、前述した「強制的にお金を取り立てることができない」という懸念を払しょくするものだ。
公正証書は公証人という国の役人から強制力が与えられるため、一度作成してしまえばその通りの内容で強制執行ができる。つまり本来は裁判を経てからでなければできない手続きにおいて、その点をすっ飛ばして速やかに差し押さえをし、金銭の支払いを受けられるわけだ。
「離婚協議書という証拠がある以上、裁判で勝てるのだから裁判すればいい」と思うかもしれないがそれは甘い。裁判には法的な知識と平日の昼間に裁判所へ出向く時間と労力が必要になる。それらをカバーするために弁護士を雇うとなれば莫大(ばくだい)な金額がかかる。
裁判をして養育費を請求するというのはおよそ一般的ではない。お金が必要だから養育費の支払いを求めているのにそこでお金を使って裁判というのは矛盾するからだ。
こういった面から、離婚協議書を公正証書とすることは、支払いの滞ることの多い養育費の支払いと相性が良いと言っていいだろう。
もし離婚協議書を公正証書で作成できていたら…
志保さんは雅人さんからの養育費について、今もきちんと支払いを受けることができていない。あれからも養育費は支払われたり支払われなかったりと安定しないようだ。何度か志保さんから依頼を受けて雅人さんに裁判外で書面を送付してはいるが、多少支払われることもあるものの、無視されてしまうこともあり焼け石に水状態だ。
もし、仮に志保さんが私の助言を受け入れ、公正証書にて離婚協議書を作成できていたら。裁判を経ることなく速やかに雅人さんの口座にあるお金を差し押さえ、養育費の支払いを強制的に実現することができていたはずだ。志保さんは今のように養育費の問題で苦悩することもなかったはずだろう。
「あの時、公正証書でちゃんと作っておけばよかった……」
志保さんは私に相談へ来る都度そう漏らす。
離婚時に志保さんのように離婚協議書を作成することは珍しくない。しかしながら、普通に作っただけではたとえ専門家が作成したものであっても差し押さえができず、ただのお約束が書かれただけの紙切れになることもある。
離婚協議書をただの紙切れにしたくないのであれば、可能な限り公正証書で作成しておくべきだろう。それによって、相手への強制力だけでなく自身にもたらされる安心感も格段に上がるはずだ。
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
※登場人物はすべて仮名です。