母と同居したい理由
「じゃあ、帰るね」
夕方になり、スーパーのタイムセールの時間が近づいてきたころだった。立ち上がった朱美に、静枝は驚いた反応を見せる。
「あら、泊まっていくんじゃないの?」
「だから、功平が家で待ってるから泊まれないって言ってるでしょ」
「そう、だったかしら……」
困惑している静枝に別れを告げて玄関で靴を履く。最近、認知症というほどではないにせよ、静枝は思い違いが多くなっている。そのこともまた、朱美の心配材料の1つであり、同居したいと思った理由だった。
朱美は両手で力を込めて玄関を開け、また力を込めて閉めた。玄関の立て付けがとにかく悪かった。たまに功平がやってきて直してくれたりもしたが、何度直してもすぐにまたこの状態に戻ってしまうのだ。
階段を降り、外の門扉を開けて実家を見上げる。あちこちの壁材が剝(は)げ、中のセメントがむき出しになっているところまであった。父が祖父から引き継いだ家なのだが、リフォームなどもしていないので見るからに限界を迎えていた。
さらに実家は山の上にあり、目の前には大きな坂道がある。移動するだけでも大変だ。こんな場所にいつまでも母を居させるわけにはいかない。
朱美はため息をついた。
最近、母が何を考えているのかよく分からない。手遅れになる前に何とかしなければと思ってはいるのに、差し伸べた手はいつもかすみをつかんでいるようで、何も進展しないのだった。