パンジーの花が咲いたら

満子の日記を読んでいた中で、1つ気付いたことがあった。それはガーデニングについての記述が多いことだった。確かに満子はよく庭いじりをしていたような気がする。しかしガーデニングが趣味だとは思わなかった。

日記を読む限りかなりの熱量だったようで、本を読んで情報を仕入れていたらしい。大吾は日記帳を携えて、庭に向かった。満子が死んでから誰も立ち入らなくなった庭は荒れ果てていた。こんなことにすら、大吾は気付いていなかった。

大吾は日記帳をテーブルに置き、庭に降りて、草むしりを始めた。こんなものが何になると意地悪な自分が問いかけてくる。何にもならないと分かっていた。これで満子が帰ってくるわけでも、子供たちとの関係が良くなるわけでもない。ただ何かをしていないと、おかしくなりそうだった。

満子のガンが発見されたときもそうだった。自分が見過ごしたせいで、と後悔した。そして大吾は日に日に弱っていく満子を見ていられなかった。だから仕事に逃げた。今まで以上に仕事をすることで、後悔や不安を押しつぶそうとした。

由希子と健から責められた。怖かったんだ、とは言えなかった。結果、子供たちからも見放され、家族3人を同時に失った。その喪失感をごまかすように、大吾はまた仕事をした。しかし結局は逃げ続けていただけ。

なんてかっこ悪いんだ。

気付くとあたりには黄金色の光が差し、手は泥だらけになっていた。庭は、きれいになっていた。

大吾は庭をぼーっと見つめる。何もない庭が今の自分のように思えた。

たとえば全てを失ったとして、また新しく何かを足していくことはできるだろうか。うまく実らないこともあるだろう。また雑草が生えて、荒れ果てることもあるだろう。でもそのたびに、きれいにすればいいんだ。この庭のように、自分の手で何度でもやり直しをすればいい。

どうすればまた4人で楽しく過ごせるだろうか。どうすればまた家族4人で楽しく食卓を囲めるだろうか。大吾の脳裏に、満子の言葉がよみがえる。遅すぎるかもしれないが、もう逃げない。満子のため、自分自身のため前を向いて、歩いてみよう。無理かもしれない。無駄かもしれない。それでもできる限りのことをやってみようと思った。

その間にたった1度だけでもいい、満子が望んだ景色を見せてあげたい。家族3人で食卓を囲むところを天国にいる満子に見せてあげたい。大吾はそれが自分の次の”仕事”だと思うことにした。

明日はパンジーのタネを買いに行こう。

満子のお気に入りの花。そしてこの花が咲いたら、子供たちに連絡をしてみようと思った。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。