<前編のあらすじ>

大吾は新卒から勤め上げた会社を定年退職した。仕事一筋で生きてきた大吾にとって、明日から仕事に行かなくてもいいというのは生きる意味を失ったも同然だった。

ひとまずは長年苦労を掛けた妻とともに旅行へ行く。妻が行きたがっていた神社仏閣を巡り、旅館で温泉に浸かり、食事をした。

「俺はこれからどうやって生きていけばいい……?」熱燗を1人で飲みながら、泣きながら大吾は妻の遺影に問いかける。

●前編:「子供たちには嫌われ…」仕事人間で家族をないがしろにしてきた夫が定年退職後の夫婦旅行で「号泣した理由」

妻の死

15年前のあの日、長らく体調を悪くしていた満子に対し、大吾はいら立ちを覚えながら出社したのを今でも覚えている。

このときの大吾は大きな顧客相手に大事なプレゼンテーションを抱えていた。風邪なんてうつしてくれるなよ、と思いながら会社に向かった。

だが結果、満子は風邪など引いてなかった。

まだ当時一緒に暮らしていた由紀子が母親の異変に気付き、病院に引っ張っていった結果、悪性リンパ腫と診断された。すでに全身のあちこちに転移していたガンは容赦なく満子をむしばみ、診断からたった10カ月で満子は帰らぬ人となった。

大吾は満子が亡くなったとき、取引先との商談を行っていた。

由紀子からの連絡に気づけず、接待のあとに急いで病院に行ったとき、満子の体はもう冷たくなっていた。

元々、仲がいいとは言えない親子だったが、満子の死は――いいや、このときの大吾の態度は、家族に決定的な崩壊をもたらした。

由紀子にはどうして連絡したのに来なかったのかと責められた。健はお母さんは最期までアンタの名前を呼んでいたと怒鳴った。

『お父さんが殺したんだ』

病院での由紀子の悲痛な叫びを、刺すような健のあの目を、大吾は死ぬまで忘れることはないだろう。