俊介がパソコンの画面を開くと、湯気の立つパスタの写真が映った。
昼間、知人の店で撮った1枚だ。照明も配置も悪くない。だが、どうしても報酬の金額が頭をちらついてしまう自分がいる。
「うーん……今月も厳しいなあ」
美大を出てからというもの、俊介はずっとフリーカメラマンを名乗っている。
雑誌や広告の仕事で食べていきたいと思っていたが、実際に受けているのは、料理写真やプロフィール写真、知人のイベント記録など、単発の依頼ばかりだ。32歳になった今でも、1人で生活できるほどの収入にはなっていない。
ため息をついたそのとき、玄関の鍵が開く音がした。
「ただいま」
「おかえり。遅かったね」
振り向くと、恋人の大輝が薄手のコートを脱ぎながらリビングに入ってきた。11歳年上の大輝は、勤務医として働いている。俊介とは比にならないほど疲れているはずだが、それでも視線が合うと口角を上げた。するりと俊介の肩に手を回し、後ろからパソコン画面を覗き込んだ。
「これ、今日の撮影?」
「そう、駅前のイタリアン。今回も、もちろん知り合い価格」
冗談めかさないと、自分でも情けなくなる。しかし、大輝は真面目な顔でうなずいた。
「いいじゃないか。料理がうまそうに見える。これが、しずる感ってやつか」
「料理人の腕かもよ」
「いやいや、撮り方も大事だから、俊介に依頼してきたんだろ」
「そうかなあ」
自然と、俊介の口元がゆるんだ。
売れないカメラマンを支える恋人
大輝はいつもそうだ。一向に成果が出なくても、焦れた顔をしない。いい加減に現実を見ろとも言わない。俊介がカメラを持ち続けることを、否定せずにいてくれる。
「飯、もうすぐできるよ。今日は豚の生姜焼きでーす」
「最高。聞いたら余計腹減ってきた」
大輝が洗面所で手を洗っている間に、俊介はキッチンへ戻った。
同棲を始めた時点での料理の経験はゼロだった。それが4年たった今では、毎食メインと副菜を作れるくらいには上達している。味噌汁の火を弱め、皿にキャベツを盛ったところで、大輝が席に着いた。
「うわ、うまそ。もはやプロだな」
「大げさだってば」
年齢や収入の差もあり、家賃や光熱費、食費など、生活費の大半は大輝が出している。俊介は家事を多めに引き受けてはいるものの、それで釣り合っているとは全く思っていない。
食卓につくと、大輝は俊介を見た。
「明日も撮影あるの?」
「うん。午前中に1件納品して、午後はプロフィール撮影。それだけ」
「少しずつでも仕事入ってるならいいじゃないか」
「少しずつすぎるけどね」
「急に売れっ子になったら、それはそれで大変だろ」
「まあね。でも、1回くらい経験してみたいかも」
こういう夜が好きだ。
大輝は夢ばかり見ている俊介とは違う。きちんと地に足をつけて、現実を生きている。そんな彼が隣にいるから、自分はまだカメラを続けていられるのだ。
「ごちそうさま。うまかった」
「ありがと」
食後、大輝が皿を運び、俊介がキッチンでそれを受け取った。
シンクに水を流す音だけが広がる。この毎日が永遠に続けばいい。俊介は洗った皿を水切りかごに立てながら、そんなことを思っていた。
