救世主の正体
美穂はすぐにジョージに連絡した。すると美穂が宿泊しているホテルの近くにいるとのことで、カフェで落ち合うことになった。
「美穂、大丈夫デス?」
美穂はすぐにお金をジョージに返した。
「本当にありがとうございました。旅行中は何とかなりそうです」
カフェでジョージとコーヒーを飲みながら、スリに遭ったときの状況を話す。
「Maybe……Tube※で盗まれたデスネ」
「やっぱりそうですよね。あー、もっと警戒しておけば良かったな」
「Yep、気をつけてクダサイ。彼らにとってツーリストは狙い目デス。駅でチケットを買うところから、ウオッチされてマシタネ」
「えっ⁉ そうなの?」
「Yah、財布をどこにしまったか駅できっと見てましたネ」
見られていた、そう思っただけで寒気がした。むしろ財布くらいで済んで良かったのかもしれない。改めて美穂は女1人で海外へ来たことの怖さを思い知る。
どう考えても浮かれていた。警戒心はもっとあったはずなのに、刺激的できれいな街並みに魅了されて、全てが吹っ飛んでしまっていた。
温かいコーヒーを飲んで、いったん、意識を日本の頃に戻す。すると目の前にいるジョージがとても幼く見えた。
「ジョージさん、日本語すごくお上手ですね」
「私はアニメを見て、勉強しマシタ」
驚きつつも、どこかなるほどと思った。
クールジャパンと言って、日本の文化が世界でもてはやされているというのをニュースで見たことがあった。その中でもアニメに関しては世界中に熱狂的なファンがいる。
「どんなアニメが人気なの?」
ジョージはそこでいくつものアニメを教えてくれた。アニメにまったく関心のなかった美穂でも知っているようなものや、まったく聞いたこともない作品までたくさん教えてくれた。ジョージはそれらの作品の魅力を早口で話す。興奮のあまり英語で説明をしていたので、美穂には彼が何を言ってるのかまったく分からなかった。それでも、アニメが大好きなんだなというのはよく伝わってきた。
「Oh, Sorry……, ついExcitedしました。美穂わからないデスネ」
「いいの。そんなに好きなものがあるってすてきだと思うわ」
美穂は、父の教えに従い無駄だと思って省いてきたアニメや漫画といったものに救われていた。そして目の前にいるジョージはこうも目を輝かせているという現実があった。
「ジョージは毎日、楽しいんだね?」
「Absolutely! Japanese Animation最高デス!」
「……いいなぁ」
美穂は自分や父に足りなかったものにようやく気付いた。まさか、遠い異国の地で青年から教わることになるとは。
数奇な縁に美穂は笑みをこぼす。
「Sorry?」
「あ、いいのよ。こんなの聞かなくて」
するとジョージは美穂をじっと見つめていた。
「私の夢は日本に行くこと、デス」
「えっ⁉ そうなの?」
「Yah、だから、日本人に会えてVery Happyネ」
「……ちなみに予定とかは立ててる?」
「No, No moneyなのデス」
少し前の美穂と同じ言い方をしていて笑ってしまった。
「ジョージなら絶対お金ためられるよ。それで日本に来たら連絡して。私、案内するから」
「Ohh, Thank you! ワタシ、お金ためるの頑張りマス!」
ジョージは美穂の手を取り、感激していた。
それから美穂はジョージの親切な案内もあって、無事にロンドンの旅を満喫した。そして必ず日本で会おうと約束をして帰国した。
結果、美穂が海外旅行で得たものは、人との出会いと趣味を持つことの素晴らしさだった。しかし、それは日本でも容易に得られるもの。自分が今までそういったものから目をそらしていたのかを思い知ったイギリス旅行だった。
取りあえず、帰国の便でジョージが勧めてくれたアニメを見よう。
美穂はワクワクしながら、帰国の便に向かった。
※ロンドン地下鉄
●複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。