<前編のあらすじ>

美穂の53回目の誕生日の翌日に父が死んだ。父は男手一つで美穂を育てあげてきたが、財をなすと他人を信用できなくなり、周囲の人間関係を断ってしまったことによりさびしい葬式だった。

長い間父の介護を献身的に行ってきた美穂は、父のいない生活は快適だったがむなしかった。このまま仕事だけをこなして最期を迎えることもぼんやりと考えたが「父と同じ人生になってしまう、何かをしなければいけない」と思い立ち、人生初の海外旅行、英国の首都ロンドンへやってきた。だが、来てそうそう財布を無くして窮地におちいってしまう……。

●前編:「むなしく死んだ父のようにはなりたくない…」一念発起し向かったロンドンで50代女性が巻き込まれた「事件」とは

 

英語が出てこない!

「あ、あの…」

美穂はスリに遭ったことに気付き、すぐにでもこの場を去りたかった。今まで来た道を戻ってなんとか手がかりが見つけたいと思っていたのだ。

すぐにこの商品を全てキャンセルしたいと伝えたかったが、そこで不可能なことに気付く。ここはイギリスで、相手は日本語が通じない。美穂が急に何かを言い出したことに、女性店員は不服そうな顔をする。自分の現状を何とか伝えようとしたのだが、言葉がまったく出てこなかった。

美穂がまごついている間に、レジへの登録が終了したようで、女性店員は銀色の小さな台を指した。ここに現金かカードを置けということは分かった。しかし美穂にはそれが不可能なのだ。

「あの、その、ノーマネー……」

取りあえずお金がないことを伝えた。すると女性店員の表情が一気に険しくなり、スゴいけんまくで突っかかってきた。よくよく考えれば、レジでお金がないなんて言うのは変だ。

美穂は悪意がないことを片言の英語で伝えようと試みた。それでも女性店員はまったく聞かず、とにかく英語をまくし立て、携帯電話を手にしだした。

美穂はそのときにはっきりとポリスという単語を耳が捉えた。警察を呼ばれたら、終わりだ。

美穂は震えるように首を振って、女性店員の手を取ろうとする。しかしそれは逆効果で、相手は一層けんか腰になってくる。

美穂は泣き出しそうになるのを必死で堪えながら、自分の状況を伝えようとした。

なのに何も言葉が出てこない。