2人の決断

安西のマイホームを訪問した次の日の午後「ちょっといい?」と夫に話しかけてみた。こうやって夫に話しかけるのは何日ぶりだろうか。

「昨日、楽しそうだったね」

「ん? 楽しそうってなにが?」

「安西さんの子供と楽しそうに遊んでたじゃん」

夫は本当に楽しそうだった。最初は嫌々だったかもしれないが、途中から本当にサッカーで龍彦と遊ぶのを心から楽しんでいたように見えた。もしかして、夫は子供と遊んだことがほとんどなく、自分は子供が嫌いだと勝手に思い込んでいただけではないのか。

「ねえ、子供のこと、1回ちゃんと話し合おうよ」

思い切って、瑞穂は夫に持ちかけてみた。このチャンスを逃せば、そのまま夫婦生活が終わりに向かってしまうような気がした。

「私の気持ちは前と変わらなくて、やっぱり産みたい。あなたはどうなの?」

「俺は、ちょっと迷いが生まれてるよ。子供は絶対にいらないと思っていたけど、もしかしたら子供がいる人生もいいんじゃないかなって思い始めてる」

やはり、龍彦と遊んだことをきっかけに夫の気持ちに変化が生じていた。というより、夫が自分の本当の気持ちに気づいたという方が正しいのかもしれない。

「それなら、一緒におなかの子供を育てようよ。あなたが反対したら、私はあなたと別れて、ひとりで産んで育てるから」

夫にはっきりとそう宣言した。一緒に子供を育てるか、お互いひとりの生活に戻るかのどちらかだ。退路は断たれた。ここで夫がどう答えるかによって、夫婦の未来が決まる。

はっきりと宣言された夫は黙ってしまった。うつむいて、じっと考え込んでいる。きっといろいろな考えが頭の中をぐるぐる渦巻いているのだろう。

「分かった。一緒に子供を育てよう」

夫はそう言ってくれた。

思わず、瑞穂は目を真っ赤にして泣き出してしまった。泣きながら「ありがとう」と言った。妊娠していることを告げてから苦しい日々が続いた。自分ひとりでも子供を育てられる自信はあったが、ずっと一緒に過ごしてきた夫がいなくなってしまうかもしれないと考えると、不安で仕方がなかった。

そこから、2人でいろいろなことについて話し合った。事実婚の夫婦に子供ができた場合、父親と子供には法律的には親子関係がないので、法律的に親子になるためには、認知届というものを提出する必要がある。妊娠が分かってから、瑞穂はいろいろと調べていたのだった。認知届の話をすると、夫は「一緒にだしに行こうよ」と言ってくれた。

「一緒にだしに行こうよ」という言葉から、瑞穂は夫の覚悟を感じ取った。まだまだ不安な気持ちもあるけれど、この人と力を合わせれば、きっと子供を育てていけると思った。

夫婦にはひとつだけ決めていることがあった。男の子か女の子かまだ分からないが、子供が生まれたら、親子で一緒にサッカーをやろう。夫がカッコ良いドリブル技を披露できるように、今のうちに練習用のボールを買っておこうかな。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。