夢見ていた家族のかたち
「いらっしゃい」
雅彦と瑞穂を安西の笑顔が出迎えてくれた。
「きれいなおうちですね。お邪魔します」
瑞穂はそう言いながら手土産を安西に差し出した。近所に新しくできた洋菓子店があり、そこでクッキーの詰め合わせを急いで買ったのだった。前日になるまで新居訪問のことを忘れていたので、これが精いっぱいだった。
リビングに入ると、奥さんとまだ小さな男の子がソファに座っていた。雅彦と瑞穂は奥さんに会ったことはあったが、安西の子供とは初対面だった。
「ほら、ちゃんとあいさつしなさい」
父親に促され、男の子は楽しそうな笑顔を浮かべながら「こんにちわ」とあいさつをしてくれた。どうやら、あまり人見知りをしないようだ。
「こんにちわ、いま何歳なの?」
「5歳です」
「お名前はなんていうの?」
「名前は、龍彦」
「ちゃんとあいさつできて偉いね」
瑞穂が子供と話しているあいだ、夫は安西と仕事の話をしていた。子供の相手は瑞穂にさせておく算段なのだろう。
しかし、5歳の龍彦は「名前が似てて面白い」となぜか雅彦に懐(なつ)いてしまった。
「こいつは幼稚園でも男の先生と遊ぶのが好きなんですよ」
安西はそう言って笑っている。夫は子供が好きではないはずだが、新居に招待してもらっているのに遊ぶのを拒否するわけにもいかない。龍彦を膝に乗せた夫は困惑したような表情をしている。
郊外の家なのでそれなりに広い庭もあり、遊ぶためのスペースは十分だった。天気が良いということもあって、夫は龍彦とサッカーボールで遊ぶことになった。高校までサッカーをしていた夫は、少し難易度の高いドリブル技を龍彦に披露していた。
「わあ! すごい!」
龍彦は目を真ん丸にして驚いている。5歳の子供からしてみれば、このドリブル技はマジックのように見えるのかもしれない。自分のサッカーを褒められ、夫もまんざらではない様子だった。
「ほら、俺からボールを取ってみなよ」
夫が挑発すると、龍彦は全力でボールを奪いにいっていた。しかし、それなりにレベルの高いサッカー部でレギュラーだった夫は龍彦を難なくかわしてしまう。
「上手じゃん! でも、俺の方がまだ上かな」
そう言いながらも、わざと龍彦にボールを取らせてやる。ボールを奪った龍彦は「やったあ!」と喜びの声を上げた。安西夫妻は、そんな息子の様子を幸せそうに見つめている。そこには、瑞穂が夢見ている家族の形があった。