あのとき言いかけた言葉
義実家に1泊した夜、2階の和室に並べられた布団に入った一馬は隣にいる美和子に向けてぽつりとこぼす。
「ぜんそくだったなんて知らなかった」
「なに、またその話?」
「ひょっとすると家を買うなら郊外の一戸建てが良いって言ったのって、全部子供のためだったのか?」
一馬は天井を見ていたが、美和子がうなずいたのはなんとなく分かる。
「ぜんそくってね、遺伝する可能性があるんだって。もちろん、絶対じゃないみたいだけど……」
「言ってくれれば良かったのに……」
「ごめんね、ちゃんと話せば良かったんだけど、その前にけんかになって口を聞かなくなっちゃったから……」
そこで一馬はけんかになる直前に美和子が何かを言おうとしていたことを思い出した。
「……そうか、あのときか」
「けんかなんて初めてだったから、どう話して良いのか分からなくて」
「ごめん、俺がちゃんと話を聞ければよかったんだ」
「ううん、私がきちんと説明しなかったのが悪いのよ」
一馬は熱くなって自分の意見を押しつけていたことを反省した。
「……俺は自分のことばかり、考えていたな」
「え?」
「都心のマンションに住みたかったのは、俺が通勤をしやすいと思ったからなんだ。それにちょっと都心にマンションを買うって言うのはステータスにもなるし、そんなことを考えていたんだよ」
しかし美和子は顔を横に振った。
「そんなことないわ。通勤に関しては私も大変なのは分かっているつもりだった。でも、私も一馬の考えを無視して自分の意見ばっかりだった。……私たち似たもの同士ね」
美和子が向けてくれる笑顔を、一馬はひさしぶりに見た気がした。