篤史の決断

その日の夜、篤史はそのことを千穂に伝える。

「……穂波との時間を大切にしたい。だから、会社には復帰しない」

そして千穂に頭を下げる。

「だからといって何かやりたいことがあるわけでもない。だからしばらくは仕事が見つけられないと思う! ごめん! でも絶対に転職先を見つけるから!」

言ってることはメチャクチャだ。今から千穂にヒモになると言っているのだから。

しかしこれが篤史の今の本音だった。

そして恐る恐る篤史が顔を上げると、千穂はうれしそうにほほ笑んでいた。

「良かった」

「え……?」

「もし会社に戻るなんて言ったら離婚しようかって思ってたくらいだから」

「そ、そうだったのか?」

「うん、だってあんな会社で働かれたら、私たちにも迷惑がかかるから」

篤史は何も言えなかった。相当迷惑をかけていたのだと初めて気付いた。

「でも、今からやりたいことを見つけるのは難しいでしょ? それに再就職だってその年齢では厳しいわ」

「ああ、そうだな……」

「でも、あなたには武器があるじゃない」

「武器? そんなのあるっけ?」

「あなたはどれだけ忙しくても、動画編集で手を抜くことはしなかったでしょ? それって動画作りが好きだからよ」

千穂に言われても、篤史はピンとこなかった。しかし篤史が手がけた作品数とその時間と労力は一般的に見て異常な数だと千穂は話す。

「動画編集なら今時、家でもできるから。在宅ワークも可能よ」

「そんなことができるのか……」

「クラウドソーシングサイトであなたの実績とかポートフォリオを紹介すれば、仕事はいっぱい来ると思うから。これで取り合えずフリーランスでやってみたら」

千穂は篤史のためにサイトまで探してくれていた。

「……ありがとう。俺のためにこんな」

「いいのよ。夫婦じゃない」

篤史は照れくさくなってうなずきながら顔を隠した。しかし胸の中には温かいものが広がっていく感覚が確かにあった。

その後、篤史はサイトに登録。すると千穂の言うとおり、すぐに仕事が来るようになる。編集の仕事はやはり楽しく、さらに家でもやれることで家族の時間が失われることもなかった。

桜の木の下で

あの日から半年がたつ。

きれいな桜並木の下を篤史は千穂と穂波の3人で並んで歩いていた。

穂波は大きめのセーラー服を着ている。

今日は穂波の入学式。夫婦で参加した篤史たちは3人そろって帰宅をしていた。

笑顔の穂波とそれをほほ笑ましそうに見る千穂。

篤史はこの景色を壊さないように頑張ろうと心に誓った。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。