<前編のあらすじ>

兄の有史さん(仮名)と弟の隼人さん(仮名)は、父親の残した遺言書のことでもめていた。争点は「遺言書が有効かどうか」。不平等な相続に納得できない隼人さんは、手書きが基本の自筆証書遺言にパソコンで作成した部分があるとして「遺言書は無効だ」と主張。しかし、財産の一覧を記録した部分は手書き以外での作成が認められていた。

そうと分かった隼人さんは、次は父親が生前に認知症を発症していたことを持ち出して遺言書の無効を主張し始めたのだった。

●前編:【「有効なわけない!」不平等な相続で兄弟の仲に亀裂…納得できない弟の“必死な主張”】

認知症でも遺言書は作成できる?

遺言書を残すような年齢になってくると、認知症を患い物事を判断する能力が衰えていることも珍しくはない。だが、有効な遺言書を作るには遺言能力が必要だ。遺言能力とは文字通り有効な遺言書を作成するための能力で、認知症を患っている場合には特に問題となりやすい。

一般的な感覚で言えば、たとえ軽度であっても認知症患者が作成した遺言書が有効とは思えないから当然だろう。実のところ、争っている兄弟での父でもあり、今回亡くなった哲夫さん(仮名)は初期段階で軽度ではあるが認知症を患っていた。隼人さんが遺言書の無効を主張するもう1つの理由もこの遺言能力に関するものだ。

「おやじは認知症なんだぞ? そんな人間の作った遺言書なんて無効に決まっているだろ!!」

隼人さんが続ける。

しかし、実際に認知症患者であっても症状が軽度であったり、一時的に物事を把握する能力を回復しているような場合は遺言能力を有しているとして有効な遺言書を作ることができる。哲夫さんの場合、遺言書の作成前に医師の診断を受けている。十分な遺言能力が備えられていることは明らかだ。

有史さんが隼人さんへ事実を突きつける。

「お前も知っているだろ。きちんと医者の診断も受けて、問題ないと言われたじゃないか」

その通りだ。有史さんと隼人さんは父、哲夫さんが遺言書を作る際に医師の診断を受けるとのことでそこに同行している。しかし、頭では理解できていてもなかなか感情が追い付かないのが人間という生き物である。

手書きで簡単に作れる分、いくら医師の診察があってもその遺言書を作成した瞬間に“本当に意識がしっかりしていたか”までは分からない。隼人さんはそう言いたいようだが論理的な有史さんには伝わらない。

自筆証書遺言はいつでも手軽に作れる。それゆえ、症状が軽度の認知症患者はもちろん、忘れっぽい人、二転三転話が変わるような人は認知能力に問題がない時点で公証役場にて公正証書として作成する公正証書遺言で作成すべきだ。