念願の東京進出

その日から、亮の青山出店計画は、一気に具体化していく。亮自身は自分のシェフとしての腕に限界を感じていたため、青山への出店では料理長をスカウトすることにした。全国の有名レストランの食レポで知られる茉莉は、シェフの間にも人脈があり、亮は茉莉と相談しながら、新しいレストランのコンセプトなどを固めているようだった。そうした中で、茉莉の推薦もあって青山店の料理長として迎えたのが、小野卓也(30歳)だった。

卓也は、高校を卒業するとすぐにイタリアに渡って料理人としての修行に励み、フランスとスペインでも地域の有名店でコック見習いとして働き、それぞれの店で最終的にはメインのシェフとして腕を振るってほしいと依頼されるほど確かな技術を身につけた。亮や茉莉から声をかけられた時には、ちょうど日本に帰国して自分の店を開く準備をしていた。

千尋は亮から卓也を紹介され、卓也の作る料理を試食した時、全身が痺(しび)れた。フレンチともイタリアンともいえない独特のテイストの料理で、そのソースの味わいに引き込まれた。その瞬間に千尋の脳裏には、前菜からデザートに至るさまざまなコースのイメージがあふれてきて、そのまま卓也と店舗オープン時のメインコースの料理について意見を言い合っていた。千尋の指摘やアイデアは、卓也を心地よく刺激した。そして、その日から2人は協力して青山店のメニューを考案し始めた。

それから半年、千尋と卓也がメニュー作りに知恵を絞っている間、亮は茉莉の協力を得て店のスタッフをそろえるとともに、店舗レイアウトや内装など、レストランのオープンに向けた準備を進めた。そして、青山に「モン・カシェット」がオープンした日、亮は、オープニングパーティーの後で、その店に千尋と2人だけで残って、千尋にプロポーズしたのだった。しかし、その結婚は、財産分与を巡って泥沼の裁判沙汰に突き進んでいく……。

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※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

文/風間 浩