<前編のあらすじ>
千尋(33歳)は川崎の洋食店にパティシエとして勤めていた。インスタグラムがきっかけで、千尋のケーキを目当てに店は大繁盛。オーナーシェフだった亮(35歳)は、「川崎で埋もれているのはもったいない。東京へ出よう。青山に店を出そう」と、青山への出店計画を実現する。店のオープニングパーティーの後で亮は千尋にプロポーズをした。

●前編:青山で隠れ家レストランを成功させた「誰もがうらやむ」オーナー夫妻が破局へ陥った理由

店のための「結婚」

川崎の洋食店を青山でも指折りの隠れ家レストランとして大成功させた千尋と亮だったが、オーナーとしての亮の行動に、千尋は年々違和感を覚えていく。そして、レストランのオープンから3年目、亮の方から千尋に離婚を切り出すことになった。いったい2人に何が起こったのか……。

青山に「モン・カシェット」をオープンしてから、亮は店のオーナーとしての役割に徹したため、川崎の店で働いていた時とは時間の使い方が大きく変わった。川崎では、シェフとパティシエとして一緒に厨房(ちゅうぼう)にいて、互いの料理に意見を言い合ったりしていたが、青山に移ってからは、厨房(ちゅうぼう)で千尋と一緒なのは卓也になった。亮は、店への招待客のアレンジや宣伝などのため外出することが増えた。そんな亮の相談相手には茉莉がなっているようだった。

亮がなぜ、千尋との結婚を選んだのか、千尋は深く考えはしなかった。店の発展のきっかけになったのは千尋のケーキだったし、千尋の料理のセンスは、亮や卓也から見ても飛び抜けて優れたものだそうだ。亮にとっては、店を大きく発展させるため、千尋の作るケーキと千尋の料理に対するセンスは絶対に必要なものと感じられただろう。実際に、青山に店を開いて良好な評判を得ているのは、千尋が卓也とともに開発した数々のメニューのおかげだった。亮のプロポーズには、千尋を自分につなぎとめておきたいという店のオーナーとしての打算が強く働いたのかもしれない。もちろん、楽し気に料理談義している千尋と卓也を見て、亮が嫉妬しなかったとはいえない。卓也に対して、千尋は自分のものであるということを明確にする必要があると亮は考えたのかもしれなかった。

千尋が亮のプロポーズを受けたのは、青山の「モン・カシェット」は亮と2人で作った店だという思いが強かったことが一番大きい。その店が、ようやくオープンにこぎつけることができた興奮から、後先を考えずにプロポーズにOKしてしまったところがある。その勢いのままに結婚してしまったが、千尋自身が子供の頃から結婚に強いこだわりがあったわけではなく、亮のことも嫌いなわけではなかったので、結婚したことには特別な感情はなかった。むしろ、青山の店を自分のものにできたという達成感があり、これから、一流の店として大きくしていこうと武者震いしたくらいだった。