はじまりは小さなケーキ店

その後、千尋は東京・吉祥寺に小さなケーキ店をオープンした。吉祥寺の店は、すぐに評判になった。千尋をサポートしてくれていたインスタチームは千尋が青山の店を退店した時に、千尋と行動を共にすることを選んでいた。ただ、卓也は店との5年契約が残っていたため、千尋が去った後でも、青山の店の料理長として残った。千尋は、青山の店の常連客のためにも卓也が残ることは望ましいと思った。卓也は、その後も千尋の店を訪れては千尋と料理談義をした。千尋が辞めたあとでも青山の「モン・カシェット」のメニューは千尋と卓也の共同作業でつくられていた。

それから3年が経過し、卓也は「モン・カシェット」を辞めた。それから「モン・カシェット」は漂流した。フランス人やイタリア人のシェフが華々しく雑誌のインタビューを飾って何度かリニューアルオープンを繰り返した後に閉店した。うわさによると、亮には数億円の借金だけが残ったようだった。その頃、千尋は吉祥寺のケーキ屋をレシピとともに大手レストランチェーンに売却し、大きな資産を得て料理界から引退した。

千尋は30代半ばにして一生にわたって生活していくことに困らない資金を手にした。手放した吉祥寺のケーキ店は、大手チェーンの力によって一段と洗練され、全国に店舗網を広げるとともに来年には海外出店を計画しているという。千尋は足を止めた吉祥寺のカフェで道行く人々をぼんやりと眺めながら「もう36歳かぁ……、まだ36歳?」などと、とりとめもないことを考えていた。さっきから手にしたカップのコーヒーの香りが引っかかってしかたがないのだ。「本当にコーヒーで満足したことはないかもしれない。誰もがおいしいと思うコーヒーが手軽に飲めたら……」と、千尋は考え始めていた。千尋の頭の中では、知り合いのコーヒーの焙煎家やコーヒー豆に詳しいバイヤーの顔が次々に浮かんできて、考えがどんどん広がっていくのだった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

文/風間 浩