勇気を出して送ったメッセージ

樹里はスマホの画面を何度も見て、送信ボタンの手前で親指を止めた。

睦月の連絡先は残っている。いつでも誘えたのに、高校を卒業してから、こうして連絡するのは久しぶりだ。

「この前はありがとう。ごはん行かない?」

短すぎる気がして、打ち直す。何度か深呼吸してようやく送った。既読がつくまでの時間が妙に長い。

「いいよ。駅前集合でいい?」

返事を見た瞬間、肩の力が抜けた。

約束の日、樹里は地元駅の改札前で睦月を待った。

店は駅裏の路地にある小さな創作イタリアンで、木のカウンターと間接照明が落ち着いた雰囲気を作っている。入口の黒板には季節の前菜が並び、店内は静かな話し声だけが響いていた。

樹里は扉を開けてすぐに言った。

「今日は、私が払うから。この前のお礼も兼ねて」

「え、全部はいいよ。立替分だって返してもらったし」

「いいの。出させて」

席に着き、店員が「お飲み物は」と聞くと、樹里は迷わず答えた。

「ジンジャーエールで」

睦月が少しだけ目を丸くする。

「あれ、飲まないんだ」

「うん、しばらく外で飲まないことにしたの」

樹里は笑って、メニューを閉じた。

「へえ、感心だねえ」

飲み物が揃うと軽く乾杯した。一口飲んでから睦月が話し始めた。

「帰ってから、怒られた?」

「めちゃくちゃ叱られた。ハメ外しすぎだって」

樹里はドリンクを口に含み、甘さを舌で確かめてからグラスを置いた。

もともと味が好きで酒を飲んでいたわけではない。きっと飲み会の雰囲気に飲まれていただけなのだろう。

ふと睦月の顔を見て言う。

「私、変わったって言われるのが嬉しくて、調子に乗ってたみたい。でもあれ以来、大勢の集まりがちょっと怖くなった」

睦月はフォークを手に取り、淡々と食べながら聞いている。

「別にいいんじゃない。無理する必要ないでしょ」

「うん」

樹里はうなずき、スープを飲んだ。

温かさが腹に落ちる。

同窓会の話はそこで終わったが、会話には困らなかった。

睦月の仕事のこと、樹里の大学のこと、最近見た映画や読んだ漫画のこと。くだらない話で笑って、沈黙があっても慌てなかった。

帰り道、樹里はバッグの持ち手を握りしめて言った。

「また、誘っていい?」

「もちろん。私も誘うね」

樹里は頷いた。駅前の明かりの下で、息が白くなった。

「またね」

「うん、またね」

睦月と別れた樹里は改札へ向かう人の流れから少し外れ、駅前の歩道に立った。

夜風が頬を冷やし、店の看板の明かりが路面を薄く照らしている。

吐く息が白くほどけて、すぐに消えた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。