母からの緊急連絡

鍋が小さく音を立てていた。茉莉は手を拭き、エプロンのポケットに入れていたスマホを確かめる。画面に「母」と表示されているのを見た瞬間、胸の奥が冷えた。

必要もないのに電話をかけてくる人ではない。

「もしもし」

台所の隅に寄って声を落とすと、母の声がいつもより硬かった。

「茉莉? 今、大丈夫?」

「大丈夫。どうしたの」

「お父さんが……家で転んで、頭を打ったの。救急車で運ばれて、いま救急外来にいる」

「え……大丈夫なの? 意識は? 話せるの?」

「呼べば返事はする。でも、頭がぼんやりしてて……受け答えがちょっとね……私にはよくわからなくて」

「それで、先生は何て?」

「検査に回してるって。CTを撮るって言われた。結果が出たら詳しく説明するって……私は待合で待ってるの」

「病院はどこ?」

母は地元の総合病院の名を告げた。

「わかった。説明が終わったら、すぐ連絡して。途中でもいいから」

「うん……ごめんね。年末にこんな電話」

「謝らないで。お母さんは、そこにいて。私も、いつでも動けるようにしておくから」

「……うん。あとでまた」

通話が切れる。

茉莉はスマホを握ったまま、鍋の火を止めた。濡れた指で画面を触ったせいか、操作がうまくいかず、もう一度拭いてからポケットに戻す。指先の冷たさが抜けなかった。

●実家の父が腰を痛めたと聞き年末に帰省したいと夫・洋平に提案するも今年も義実家で過ごすことに。そんな時に母から父が緊急搬送されたとの一報が…… 後編【父の救急搬送をきっかけに変わった夫婦の帰省事情…義両親の行動力が妻に気づかせた“本当に大切なこと”】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。