キッチンの湯気がリビングへと薄く流れていた。茉莉は鍋の火を弱め、まな板の端に寄せた野菜の切れ端を指で拾い集める。買い出しを済ませたばかりで、いつもより物が多い。壁のカレンダーに目をやると、赤い丸で囲んだ「帰省」の文字。今年も年末年始は夫・洋平の実家で過ごす予定になっていた。
「ねえ、あなた。ちょっといい?」
少しだけ声を落とす。
今年中学に入った娘・真美はイヤホンをしたまま、ソファでスマホ画面を見ていた。こちらには関わる気のない横顔。最近は言葉をかけても反応が薄く、しつこく構うと、すぐに自室へ戻ってドアを閉じてしまう。
洋平は新聞をたたみ、顔だけ上げた。
「どうした」
「年末なんだけど……やっぱり私のほうの実家、行けないかなって。父が腰を痛めたって午前中、母から連絡があってさ……」
洋平の眉がわずかに寄る。
「でも、茉莉の実家は遠いだろ。飛行機移動だし。せっかくの休みが移動で終わる」
「それはわかってる。でも、顔だけでも見ておきたくて。ほら、真美ももう大きいし、一緒に飛行機も乗れるでしょ」
茉莉の顔を見て、洋平はため息混じりに続けた。
「だとしても年末の飛行機は高いって。行き来だけで1日つぶれるし、帰ってきたら、すぐ仕事だろ。休みなんだから、疲れることはなるべく避けたいんだよ」
「それを言ったら私だって……」
茉莉は言い返しかけてやめた。
真美の横顔が視界の端にある。コミュニケーション不足は反抗期だから、と片づけてきたが、家の中で交わされる両親の口論が原因ではない、とは言い切れない。
「……わかった」
「そっちの実家は、またな」
その「また今度」は、一体いつになったらやってくるのか。
と言葉が形になりかけたが、口には出せなかった。代わりに、野菜くずをコンポストに放り込む手つきが少し荒っぽくなる。ややあって真美が足音を立てて2階に上がっていく様子に、茉莉は気づかないふりをした。
