義母の優しさに複雑な思い

玄関を開けると、台所から出汁の匂いがした。義母が割烹着のまま「寒かったでしょう」と笑い、手を拭きながら迎えに出てくる。奥から義父も顔を出して、「真美、大きくなったな」と顔を綻ばせた。

「おじゃまします」

茉莉が頭を下げると、真美も小さく会釈して靴をそろえた。義母が覗き込むように「えらいね」と笑う。

「真美ちゃん、久しぶり。寒かったでしょう。よく来たね」

家では口数が少ない真美が、一拍置いて「……ちょっとだけ」と答えた。義母が「お姉さんになったね」と言って、真美の肩を軽く撫でる。真美は視線を落としたまま、撫でられるのを拒まない。茉莉はそれを見て、少しだけ肩の力が抜けた。さすがに祖父母の前では、態度が柔らかくなるらしい。

「ささ、入って入って」

居間にはこたつが出ていて、みかんと湯飲みが並んでいた。義父がテレビの音量を下げ、「こっち座れ」と真美に場所を空ける。真美は小さく頷き、こたつの端に入った。

「茉莉ちゃんも、そっち座ってていいのよ。移動で疲れたでしょう」

「ありがとうございます……でも、何か手伝います」

台所に立つと、義母がまな板を寄せてきた。

「そう? じゃあ、これお願い。指、気をつけてね」

茉莉は「はい」と答えて包丁を握る。

休んでいてと言われるほど、かえって手を止めにくい。

刻む音を一定に保っていると、余計なことを考えずに済んだ。

鍋に具を入れ終えたころ、義母が火加減を見ながら少し改まって訊ねてきた。

「ねえ、茉莉ちゃん。今年もこっちで年越しで……ご実家のほう、顔出さなくて大丈夫? 毎年こっちばかりで、申し訳ないなって」

「いえ、大丈夫です」

咄嗟にそう返していた。義母は「そう」と頷きかけたところで、飲み物を取りに来た洋平が何気なく口を挟んだ。

「いいんだよ。向こうは遠いんだから。年末の飛行機は高いし、移動で1日つぶれる。休みがもったいないんだから」

義母は一瞬、手を止めてから鍋のふたを直した。

「お盆とお正月は本当に高いものね。私も前にお父さんと北海道旅行しようとしたとき、ものすごい値段でたまげたわ。ちゃんと混みそうな時期を避けたのによ?」

「あー、北海道は特に人気ですもんね」

この年代の他の人がどうかは知らないが、どこかに行くとなればツアーを使う一択の自分の両親と違い、義母たちは一から自分で調べて計画を練って旅をする。夫曰く小さい頃からよく旅行をしていたそうだが、義父が定年退職してからは輪をかけてよく出かけているらしい。

「そうそう。だから結局、行き先を東北に変えてね、それはそれで楽しかったんだけど……ってそんなことより里帰りよ、里帰り。茉莉ちゃんのご両親も心配でしょう。次のお休みは帰ってあげたら?」

「そうですね……また相談してみます」

茉莉は、ぎこちなく笑った。義父の「まあ飲め」という声と、洋平の明るい返事が、台所の外から聞こえてくる。