義母からの一方的な説得
「聞いたわよ。あんた、離婚したいって、栄司に言ったんですって?」
「はい……もう、決めました」
「冗談じゃないわよ。今さら何なの? 30年も夫婦やってきて、突然“離婚したい”って。あんた正気?」
陽子は、無意識に言葉を飲み込んだ。もう限界だった——そう言いたいのに、口が開かない。
「確かにあの子は不器用なとこあるけど、家にお金入れて、文句も言わず働いてきたのよ? それなのになに? ちょっと嫌なことがあったからって家を壊すの? 子どもたちが可哀想よ」
「……でも」
ようやく絞り出した声は、あまりに小さくて、自分でも届いたのか不安になるほどだった。
「あなたねえ」
頼子の声が一段階、低くなる。
「あたしだって苦労したわよ。舅には口出しされて、小遣いも貰えなくて、それでも家庭を守ってきたの。そういうもんなの。女は、母親は、最後まで家庭の柱にならなきゃ」
捲し立てる義母に、陽子は胃の奥が冷たくなるような感覚を覚えた。我慢こそ美徳、家族のためなら耐えるべき、嫁なんだから当然――何度も、こういう言葉を聞いてきた。
反論の言葉は、心の中にいくつも浮かんでいた。だが、それが口から出る前に、どこかでブレーキがかかる。これまで何十年も、自分の考えを飲み込むように生きてきた。その癖は簡単には抜けないらしい。
「……それでも、私は……」
そこまで言いかけたところで、頼子は立ち上がった。
「まあ、今日はこれ以上言わないわ。でも、私には到底納得できない。これが間違いだったって、きっと気づく時がくるわよ」
義母はどこまでも一方的で、無遠慮だった。
玄関の戸が閉まる音を聞きながら、陽子はぼんやりと立ち尽くしていた。
●離婚を決意した陽子は、夫・栄司に一蹴され、義母・頼子からも「我慢が当然」と説得されてしまう。孤立無援かと思われたが、思いがけない展開が訪れる…… 後編【「どうして早く気づけなかったんだろ」モラハラ夫との熟年離婚に立ちはだかる義母を返り討ちにした子どもたちのひと言】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
