離婚を受け入れない栄司

栄司の顔から笑いが消えた。代わりに、怒りの色がにじみ出てくる。

「……ふざけるなよ。お前の立場、分かって言ってるのか? 誰のおかげで生活してこれたと思ってるんだ? 何が“逃げてもいい”だよ。お前は逃げることしかしてこなかったくせに」

吐き捨てるような声だった。陽子の胸の奥で、冷たいものが広がっていく。

「この話は終わりだ。馬鹿馬鹿しい」

そう言って、栄司は立ち上がる。陽子の横をすれ違いざま、肘が軽くぶつかった。

彼はそのまま寝室に引きこもり、ドアを乱暴に閉めた。陽子は、しばらく動けなかった。

立っていた足がぎしぎしと軋み、手が震えた。だが、泣きたくはなかった。

——やっぱり、この人は変わらない。

確認できただけで、十分だった。今の言葉たちは、ある意味で“後押し”だった。自分の気持ちは間違っていない。今度こそ、決して引き下がらない。

その夜、陽子は小さなノートを取り出し、日付を書いた。震えた字で、たった一行。

「栄司に離婚を伝えた。話し合いは拒否された。でも、気持ちは決まってる」

ページを閉じたとき、外では風が強くなっていた。季節が、冬へと傾いていく音がした。

義母の来訪

玄関のチャイムが鳴ったとき、陽子はすぐに嫌な予感を覚えた。

来客の予定はない。夫の栄司もまだ帰ってはこない。

戸口のすりガラス越しに、すっと細身の人影が見えた。開けると、義母の頼子が立っていた。

「急にごめんなさいね。ちょっと話があって」

頼子の表情は柔らかいようで、どこか固い。気づけば、自分の背筋が自然と伸びていた。

何年も前から刷り込まれた反射だった。

「……どうぞ」

居間に通すと、頼子は遠慮のない手つきで座布団に腰を下ろし、整えられた茶菓子には目もくれなかった。