夫に離婚を切り出す陽子

土曜の夜。

食卓には肉じゃがと味噌汁、炊きたてのごはんが並んでいた。陽子は何年も変わらない献立を、いつも通りの器に盛り付けながら、手のひらに汗を感じていた。

栄司が新聞をたたんで席に着く。テレビはつけたまま。リモコンのボリュームが、いつもより少し高めに感じられた。

「いただきます」

手を合わせてそう言ったのは陽子だけだった。

栄司は返事もせずに箸を取る。肉じゃがを一口食べ、少し顔をしかめた。

「……彩りが悪いな」

それだけ言って、栄司はごはんをかき込む。

うっかりしていた。いつもは必ず入れているいんげん豆を今日に限って忘れていた。

これまでなら、きっと栄司に謝り、すぐに買い物に出る準備を始めていただろう。だが、もう陽子は動かない。驚かないし、悲しくもない。

食事が終わり、茶碗を片づけたあと、陽子はリビングのソファに座る栄司の正面に立った。鼓動が早かった。だが、もう後戻りはできなかったし、するつもりもなかった。

「話があります」

陽子はテレビを消した。栄司がようやく目を向けた。

「……なに?」

陽子は、息を吐いた。

「私……離婚したいと思っています」

静かな言葉だった。しかし、その瞬間、空気がきしむ音がした気がした。栄司の眉がぴくりと動く。

「……は?」

「ずっと考えてきました。もう、一緒に暮らしていくのは無理です」

視線がぶつかる。彼の中にあったのは、怒りでも戸惑いでもなく、ただの嘲笑だった。

「お前が? 俺と離婚? 何を寝ぼけたこと言ってるんだ」

「本気です」

陽子は口元をきゅっと結んだ。震えそうになる声を抑えるように。

「私、ずっと我慢してきた。あなたの攻撃的な言葉も、態度も……私は、ずっと傷ついてた。でも、それを“普通”だと思ってきた。でも違った。私は怒っていい。逃げてもいい。やっとそう思えるようになったんです」