見えてきた仕事の本質

月末の午後4時半、営業企画部のメンバーが会議室に静かに集まった。

 

「まずは、今月の数字を共有します」

ホワイトボードの前に立つ友梨佳の声が、乾いた静けさを破った。

「平均残業、先月比で半分以下。差し戻しは3割減。17時以降の新規依頼ゼロの日は、週に2回ずつ出ています」

短くまとめた報告に、自然と拍手が起きる。誰も大声を出すことはないが、わずかな笑顔が、会議室の空気にほころんだ。

「やっぱり、仕組みを整えるって大きいですね」

三宅のひとことに、中村が笑いながら続ける。

「最初のカンバン、記念に撮っておけばよかったな。あの混沌っぷり」

「今なら笑えるけど、あの頃ほんとに毎日が追い込みだったよね」

中村の声に、数人が同時に頷いた。

「でも、誰かが倒れる前に変えられてよかったかも」

誰にともなく梨乃がぽつりと言ったとき、友梨佳の視線は自然とそちらに向いた。彼女の表情がいつもと違って見えたからかもしれない。

   ◇

給湯スペースで友梨佳は紙コップを取り出していた。湯を注ごうとしたところで、背後から足音が近づく。振り返ると、梨乃が立っていた。

「佐藤さん」

「うん?」

「あの、私……仕事って、“拘束時間”だと思ってたんです。自分の時間や労力を差し出して、その対価としてお金を得る、ただそれだけのことだって」

梨乃は湯気の向こうに視線を落としながら、少し言葉を選んで続けた。

「でも、仕組みが良くなると、こんなに動きやすいんだなって。身体が軽くなるっていうか……はじめて、“やりがい”って言葉が実感をともなって出てきた感じがしました。佐藤さんのおかげです」

友梨佳は少し笑って、紙コップを持ち上げた。

「私も山内さんのおかげで働き方を考えさせられたよ。今は“良い仕事”をするためには、終業までに終わることも重要だと思ってる。気持ちよく終わって、また明日やろうって思える。それが理想かな」

「……理想って、意外と地味なんですね」

「そうだね。派手な成果より、地味な安定のほうがずっと難しい」

2人はコーヒーの湯気の中でしばらく黙っていた。給湯器の僅かな作動音だけが、会話の続きのように流れていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。