変わり始めた職場の空気

木曜の朝、友梨佳は上長に事前相談した上で、いくつかの改善を実行に移した。

定例ミーティングは、椅子を使わない15分の立ち話スタイルに変えた。承認フローは一次承認+関係者へのCC共有で簡略化。提案書のフォーマットは定型テンプレートに統一し、記入は差分だけに。メールには件名に【要承認】【要確認】【FYI】の分類をつけ、17時以降の新規依頼は禁止にした。締切は終業間際ではなく、原則として昼に設定――午後は余裕を持って作業する体制に。

今度は思ったより反発はなかった。むしろ「決まってたほうが楽」という声すら上がった。

「お先に失礼します」

梨乃は相変わらず、定時ぴったりにPCを閉じて帰っていた。

しかし、ボードの更新やテンプレート整備には誰よりも手早く対応していた。昼締切のルールに合わせた作業時間の組み立ても早く、提出物の品質はむしろ安定してきた。

「すごいね、山内さん、出し直し一度もない」

三宅がつぶやくと、梨乃は「早く帰りたいだけです」とだけ返したが、口元にわずかに笑みが浮かんでいたのを友梨佳は見逃さなかった。

  ◇

金曜の夕方。

壁のカンバンには、月曜に貼られた付箋が次々と「Done」の列へ移っていく。誰かが指先で付箋をそっと移動させるたびに、小さな音が部屋に響いた。シュッ、シュッと、紙が動く控えめな音。

そのとき、友梨佳はふと気づく。フロアの空気が、心なしか軽くなっていることに。

騒がしさではなく、静かな集中の中にある余白。誰かの咳払いも、キーボードの音も、どこか柔らかく響いていた。

終業チャイムが鳴ると同時にカンバンの最後の1枚が「Done」に滑り込んだ。

その瞬間、友梨佳の胸に、微かに風が吹いたような気がした。