<前編のあらすじ>

小学6年で両親が離婚して以来、一度も会っていなかった父・静雄の危篤を知らされ、病院へ向かった恵。病室で横たわる父に声をかける理由もなく、入院手続きを済ませて父が暮らしていたアパートへ向かった。

雑然とした部屋の中で、VHSデッキとビデオテープが宝物のように保管されていた。テープを再生すると、幼い自分と明るく笑う父と母の声が記録されていた。

幸せだった頃の家族の姿を画面越しに見た恵は失われた過去と向き合い始めるのだった。

●【前編】「もう何十年も、会っていない」母の葬儀にも来なかった音信不通だった父の危篤…アパートで娘が見つけたものに驚き

父の部屋に残されていたノート

部屋を物色し始めた恵が最初に手をつけたのは、テレビ脇のローボードだった。浅い引き出しを開けると、封筒に入っていない書類が無造作に積まれていた。病院の明細、公共料金の請求書、その下に混ざって、1冊のノートが出てきた。表紙には何も書かれていない。黒い罫線入りの、どこにでもある市販のノート。

恵は埃を払い、表紙を開いた。

「また飲んだ。何のために我慢してたのか」

「美子は叱らなかった。叱られた方がまだ楽だった」

文は短く、ひとつかふたつの行で終わっていた。行間が広く、どこか余白ばかりが目立つ書きぶりだった。

「結局、斎場に行けなかった」

「まだ完済していなかったから。顔を出すわけにいかなかった」

恵は手を止めた。

斎場。

母が亡くなった時のことだろう。

次のページには、こう書かれていた。

「完済の通知が来た。長かった」

「あと1年早ければ、美子と恵に会いに行けたのに」

ノートを閉じる手が震えた。テーブルの上に置くと、その厚みが不思議と重く感じられた。