病室での対峙

引き出しの奥をもう一度探ると、折りたたまれた紙がいくつか出てきた。任意整理の契約書。支払い計画の写し。代位弁済の通知。いずれも古く、角が擦れて黄ばんでいる。

その中に、見覚えのある紙片があった。白地に黒枠の印刷。恵がかつて送った葬儀の案内状だった。連絡先の電話番号にマーカーが引いてあった。

「馬鹿じゃないの、こんなの残して……」

重ねた書類の束を揃え、ノートの上に置いた。

そのとき、背後でスマートフォンが震えた。振動音が畳にやわらかく響く。画面には、登録したばかりの病院名が表示されていた。通話ボタンを押すと、静かな受付の声が聞こえてきた。

「……お父様が、小康状態に入りました。短時間であれば、会話が可能かもしれません」

「……そうですか」

それだけ答えて、恵は通話を終えた。

スマートフォンを伏せてテーブルに置く。もう一度、重ねた紙束に目を落とす。完済までにかかった年月。言葉にされなかった思い。そのいずれもが、ひっそりと、しかし確かにここに残されている。

   ◇

病棟の廊下はひどく静かで、靴音だけが薄く響いた。先ほどと同じ部屋の前で、恵は一度だけ呼吸を整えた。

扉を開けると、静雄は枕を少し高くして寝かされていた。目は半ば開いていて、光を受けるように天井を見ていたが、ゆっくりとこちらへ視線を移した。恵が誰かを認識したのか、濁った瞳が僅かに揺れた。

黙って腰を下ろし、恵は膝の上で両手を重ねた。しばらく、そのままだった。

「……お母さんが亡くなったとき」

そう声に出すと、病室全体に緊張感が走った。

「私、連絡したんだよ。ものすごく迷ったけどあなたに知らせた。でも、あなたは来なかった。ずっと葉書が届かなかったんだと思うことにしてたけど、違った。ちゃんと葉書は届いてたんだよね?」

そこまで言って、息が詰まった。

「……来なかったのは、借金返しきれてなかったからなんでしょ? 完済するまで会わないって……何それ。馬鹿みたい。筋だか何だか知らないけど、それ、ただの逃げだよ」

静雄は目を閉じかけ、またゆっくりと開いた。応答はない。だが、その視線が恵を確かに捉えていた。