肌寒さを感じる午後、桃子は久しぶりに実家の玄関を開けた。
「ただいま」
「あら、おかえり桃子。あんた少し痩せたんじゃない? ちゃんと食べてる? 1人暮らしだからって、いい加減な食事じゃダメよ」
エプロン姿のまま台所から顔を出した母の頼子が、息つく間もなく言葉の雨を浴びせてくる。桃子は苦笑しながら靴を揃えて脱ぎ、「大丈夫、ちゃんと食べてるよ」と返しながら家に上がった。
お祝いの乾杯に違和感
居間に入って座ると、喋り続ける母の隙を何とか見つけて、ついに桃子は切り出した。
「ねえ、お母さん。あのね、私……結婚することにしたんだ」
途端に母の目が丸くなり、次に細くほどけた。
「まあ、本当に!? おめでとう!」
「……ありがとう」
勢いよく抱きしめられ、桃子は照れ笑いをこぼした。
「相手は、どんな人? 式はいつ? 向こうのご両親には挨拶に行ったの?」
「えっと、4つ年上で、すごく落ち着いた雰囲気の人。結婚式はまだ決まってないけど、家族だけでこじんまりしようって話してる」
「わあ、いいじゃないの。ちょ、ちょっと待って、お茶…じゃなくて、水で乾杯しよう」
母は台所へ走り、扉を開けて透明な瓶を2本取り出した。ラベルには小さくロゴマークのような印が入っている。グラスに注がれた水は、窓から差し込む光を受けて静かに揺れた。
「桃子、おめでとう」
「ありがとう」
グラスが触れ合って、軽い音がした。祝福の空気がふわりと広がる。
「夕食にしようか。お祝い用じゃなくて悪いけど」
「普通でいいよ。私も手伝うから」
重大発表を終えてひと息つくと、シンクのそばに、さらに同じ形の瓶が数本立っているのが目に入った。