上司の評価と判断が家族を救う

夕方、リビングに橙色の光が差し込んでいた。カーテン越しの陽が、テーブルの木目をやわらかく染めている。

智子は息子の積み木を片づけながら、佑輔に切り出すタイミングを探していた。息子はテレビのアニメに夢中で、こちらを気にする素振りもない。

「ねえ、今日ね、上司と話をしたの」

ソファに腰掛けてスマホと睨めっこしていた佑輔が、顔を上げた。

「何かあったのか?」

「実は……フルリモート勤務を提案してもらったの。イベントのときだけ出張するけど、交通費も全部会社が負担してくれるって」

一瞬、佑輔の目が大きく見開かれた。驚きがそのまま表情に浮かんでいる。

「……そんなこと、できるのか」

「私も最初は驚いた。でも、私が会社に必要だからって言ってくれて。だから、大変だと思うけど挑戦してみたいの。どう……思う?」

言い終えたとき、心臓が早鐘のように鳴っていた。すると、佑輔はスマホを置き、真剣な眼差しでこちらを見た。

「もちろん賛成する」

「本当に?」

「ああ、だって……それなら家族3人一緒に暮らせて、智子も仕事を続けられる。こんなありがたい話はないよ。ああ……まさかそんな選択肢がもらえるなんて……」

そこで言葉が途切れた。

やがて佑輔は少し俯き、かすれそうな声で言った。

「……智子、ごめんな。俺があのとき言ったことは間違ってた。君の仕事を軽んじるようなことを言って……本心じゃなかった。ただ……俺も焦ってたんだ。せっかく掴んだチャンスを逃したくなくて……」

その告白に、胸が締めつけられた。

智子たちはすれ違いの中で、互いの気持ちをうまく言葉にできなかったのだ。

「良い会社でしょう?」

「ああ、そうだな。良い会社で、良い上司だ」

佑輔が小さく笑った。その顔を見たら、智子もふっと肩の力が抜けて、自然と笑みがこぼれた。そのとき、唐突に息子が振り返って「おなかすいたー!」と声を上げた。彼のマイペースぶりに、思わず智子たちは顔を見合わせて、同時に笑った。

その日の夕食は佑輔が作ったカレーだった。

皿から立ちのぼる香りに息子ははしゃぎ、スプーンを握って「でっかいじゃがいも!」と喜んでいる。智子はその光景を眺めながら、優しい甘口のカレーを頬張った。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。