まだ湯気の立つ熱い湯呑を両手で包み込みながら、佳菜子は目の前の光景をほほ笑ましく見守っていた。
「美菜ちゃんは、本当に大人っぽくなったねえ」
「ええー、そうかな? きっと髪を伸ばしてるからかも」
しみじみと漏らす母の言葉に、最近20歳になったばかりの娘・美菜が少し照れくさそうに笑った。
昔ながらのこたつの上には、おせち料理の残りとかごに盛られたみかんとお菓子。
佳菜子たち一家が新年の挨拶のために実家を訪れるのは、毎年の恒例行事だ。特に今年は美菜が成人を迎えたということで、両親の顔はいつも以上にほころんでいた。 そのとき、隣室で何やらごそごそしていた父が居間に戻ってきた。
「美菜、これ、お年玉……それと成人祝いも」
「えっ、今年ももらっていいの?」
口ではそう言いながらも素直にポチ袋を受け取る美菜の姿を見て、佳菜子は思わず口元を緩めた。
「もらえるものはもらっておけ。お年玉はともかく、成人なんて一生に一度だぞ」
「成人おめでとう、美菜ちゃん」
少しぶっきらぼうな父の横で、にっこりと微笑む母。2人の言葉を聞いて、美菜が元気よく頷いた。
「うん、ありがとう、おじいちゃんおばあちゃん。これ、大事に使うね」
嬉しそうな美菜の顔を見て、父も母も満足げに笑みを浮かべた。
「毎年すみませんね、お義父さんお義母さん。お祝いもありがとうございます」
年始の競馬予想にいそしんでいた夫の勇司もスマホを置き、背中を丸めたまま軽く会釈した。
「いいのよ、勇司さん。普段はなかなか会えないんだから、これくらいはさせてちょうだい」
母は愛想よく笑いながら、顔の前で手を振った。
来年も喜んでお年玉を渡してきそうな母に向かって、佳菜子は念を押すように言った。る
「お母さん、ありがとう。でも、お年玉は今年で最後ね」
「ええ、そうよね……美菜ちゃんも20歳だものね……」
母は佳菜子の言葉に何度か小さく頷きながら、少し寂しそうに呟いた。
両親には、美菜のほかに孫はいない。たった1人の孫が成人して大人の手を離れていくことに対して思うところがあるのだろう。
「そうそう、成人式ももうすぐだからね。写真撮って、おばあちゃんたちにも送るよ」
「ああ、そうか。松の内が明けたら、すぐだったわね。美菜ちゃんの振袖の写真、楽しみにしてるわ」
沈みかけた空気を払拭するように美菜が明るく声をかけ、母もそれに応じた。美菜の成長を感じるやりとりに、佳菜子は自然と心が温かくなるのを感じた。