車のドアを開けた瞬間、むっとした熱気と一緒に潮の匂いが流れ込んできた。遠くからは波の音も聞こえていた。駐車場の向こうには白く光る砂浜と夏の日差しが反射してきらきらと揺れる海が広がっていた。パラソルを抱えた家族連れや浮き輪をした子どもたちが次々と海岸に向かって歩いている。
「海だ!」
後部座席から飛び出してきた峻也が8歳らしい勢いで声を上げた。今すぐにでも砂浜に走り出しそうになっている。
「待て待て。荷物を下ろしてからだぞ」
トランクからクーラーボックスを取り出しながら峻也をいさめつつ、伸也は楽しそうにしている様子に、連れてきて良かったなと思った。
40歳の伸也はハウスメーカーで住宅営業をしていた。モデルハウスの案内や打ち合わせなどを仕事としていて、土日祝日のほとんどが仕事だった。帰りも遅くなることが多く、峻也や6歳になったばかりの長女の絵梨香と一緒に過ごせる時間は限りなく少なかった。だからこそたまには父親らしいことをしたいと思って今回、海に家族を連れてきていた。
「峻也、嬉しそうね」
海へ向かっていると真希が声をかけてきた。真希は35歳で結婚して10年になる。スーパーでパートをしながら、いつも子どもたちのことを見てくれていた。
「そうだな。あれだけ喜んでくれて本当に良かったよ」
そこで伸也は真希と手を繋いで歩いている絵梨香に目を向けた。
「絵梨香も海、楽しみか?」
「うん」
絵梨香は小さくうなずいて、それ以降は何も言葉を発しなかった。表情を変えずにただ真っ直ぐ前だけを見ている絵梨香からは今、どういう気持ちでいるのかうかがい知ることができない。
