ついに巣立つ娘
夕方、実家を後にして帰りの車に乗り込むと、美菜がふと思い出したように佳菜子に声をかけてきた。
「あっ、そうだ。お母さん、これ。今年も預かっておいてくれる?」
美菜が差し出したのは、先ほど祖父母からもらったお年玉と成人祝い。佳菜子は、ポチ袋と祝儀袋を受け取りながら言った。
「分かった、いつも通り、貯金しておくわね」
美菜のお年玉は、毎年佳菜子と勇司が預かることにしている。幼いころはすぐに使いたいと駄々をこねていた美菜だったが、いつのころからか文句を言わなくなり、自分から預けるようになっていた。
「美菜、貯金もいいけど、たまにはパーっと使ったらどうだ? 競馬なら俺がレクチャーしてやるぞ?」
運転席の勇司がにやりと笑った。
「えー、絶対嫌。それに、お父さん負けてばっかじゃん」
「そんなことねえよ。一昨年の年末は大勝して寿司連れてってやっただろうが」
勇司のギャンブル癖は、若いころからずっとだ。佳菜子には理解できない趣味だが、本人が言った通り勝ったときは家族に還元してくれているし、小遣いの範囲内で楽しむ程度ならと黙認している。
まあ、成人したばかりの娘を競馬に誘うのはいただけないが、美菜本人が適当にあしらっているので問題ないだろう。
「春からはいよいよ一人暮らしか。準備は大丈夫か?」
佳菜子がそんなことを考えていると、信号待ちのタイミングで勇司が話題を変えた。
「うん、まだ全部じゃないけど、家具とか少しずつ探してる。引っ越しはお父さんも手伝ってよね」
「ああ、もちろんそのつもりだよ」
勇司がハンドルを握りながら返した。
春には専門学校を卒業し、就職と同時に一人暮らしを始める美菜。子どもの成長は早いとはよく言うけれど、本当にその通りだと改めて思う。
「まあ、その前にまずは成人式よね。同窓会にも行くんでしょう?」
「うん、当日の夜は中学のクラスで集まるの。楽しみだなあ」
実家での会話を思い起こしながら佳菜子が言うと、美菜が嬉しそうに頷いた。
バックミラー越しににやりと笑いながら、勇司も口を挟んだ。
「あんまりはしゃいで飲み過ぎるなよ」
「飲まないってば。お父さんと一緒にしないでよ」
和気あいあいとした空気が流れる車内。
長距離ドライブを終えて帰宅した佳菜子たちは、残りの正月を家族水入らずで穏やかに過ごした。ただ、ほんの少しだけ、こうして美菜とのんびり過ごす正月も最後なのだと思うと、寂しいようなホッとするような、複雑な気持ちになった。