<前編のあらすじ>
雅美は、娘のくるみが教育熱心な幼稚園に馴染んでいるか不安だったが、友達と楽しそうに過ごす娘の姿を見てひとまず安堵していた。夫が強く希望して入園させた園で、娘が笑顔でいてくれることが何よりの救いだった。
しかし学芸会の準備が始まると、衣装のアレンジにブランド品などで競い合う、親同士の見えない競争があることを知る。他の家庭との価値観の違いに、雅美は強いプレッシャーと戸惑いを覚え、心は再び曇っていく。
夫にその不安を打ち明けても「親の見栄だ」と冷たく突き放され、協力は得られない。誰にも頼れない状況に、雅美は学芸会を前に深い孤独感と苛立ちを募らせていくのだった。
●【前編】幼稚園の学芸会は“親の見栄と財力”がうずまくマウント合戦? 悩める妻に夫がとったありえない態度
娘のために決意を固めた雅美
幼稚園への道すがら、くるみは小さな声で鼻歌を口ずさみ、足取りは軽やかだった。その無邪気な横顔を見ていると、不安や迷いよりも「喜ばせてやりたい」という思いの方がずっと強くなる。
園舎の前で「行ってきます」と笑顔を見せたくるみが、仲良しの友達と並んで中へ入っていく姿を見届けた後、雅美は深呼吸をして決意を固めた。
――あの子のためにできることをしよう。
くるみを送り出したその足で、雅美は駅前の手芸用品店に立ち寄った。小さな店の中は、色とりどりの布やリボン、ボタンで溢れていた。雅美はくるみの好きな薄いピンクの布地を手に取り、柔らかいチュールを合わせてみる。きらりと光る小さなビーズや、手のひらに収まるサイズの花飾りもかごに入れた。
「これなら、何とかなりそうね」
口の中でそっとつぶやくと、不安が少し軽くなった。
夜、家族が眠りについた後、雅美はダイニングテーブルに布を広げ、裁縫箱を開いた。時計の針はすでに10時を回っていたが、眠気よりも心の高鳴りの方が勝っていた。チクチクと針を進めるたびに、アイデアが形を帯びていく。派手なものよりも優しい色合いを好むくるみ。だから、ベースとなる衣装全体に淡いピンクの生地を被せて、胸元には小さなビーズを使って、花の刺繍を入れることにした。袖口にもビーズを散らして、光に当たるときらめくよう工夫を凝らした。全体のバランスを考えて、リボンは控えめに。
「うん、良い感じ。舞台映えしそう」
衣装を身に着けたくるみの姿を想像すると、疲労さえ心地よく感じる。孤独な作業のはずなのに、机の向こうにくるみの笑顔が浮かんで見えるようだ。
時折、寝室からスマホゲームの音が聞こえた。夫はこの衣装づくりのことを知らない。知っていても、きっと「そこまでする必要あるのか」と苦笑するだろう。
しかし雅美は、それで構わなかった。
――彼のためではなく、娘のために針を動かしているのだから。
数日後の深夜、ようやくひと区切りがついた。
テーブルの上に広げられた布は、手芸店で選んだときよりも温かみを帯びて見える。雅美は手を止め、糸の端を結びながらそっと目を閉じた。指先に残るかすかな痛みと同時に、胸の奥からじんわりと充実感が広がっていく。
「くるみに見せたらどんな顔をするだろう」
娘の喜ぶ顔を考えただけで、寝不足も疲れも吹き飛ぶようだった。