<前編のあらすじ>
大学生になった娘の夏美が脱毛に行きたいと言い出し、母の洋子はぜいたくだと否定する。そんな洋子を尻目に夏美はバイトを増やして夜遅くまで働くように。
学業よりもバイト優先の生活を心配しつつも、娘の気持ちが理解できない洋子。やがて二人の間に小さな口論が増えていく…。
会話も減り、距離が広がる中、洋子は夏美の部屋で脱毛サロンのパンフレットと見慣れないクレジットカードの契約書を発見。娘が自分の知らないところで大きな決断をしていたことに気づいた洋子は…。
前編:「娘の守り方を間違えた」脱毛したいと言い出した二十歳の娘を笑ってあしらった「母の過ち」
「こうでもしないと変われないの」
テーブルの上には夏美の部屋で見つけた脱毛サロンのパンフレットと、クレジットカードの契約書が並んでいる。消費者センターに電話をかけて事情を話したところ、クーリングオフが可能だと教えてもらった。
それでも夏美が、母である自分に黙って契約をした事実は変わらない。リビングの空気が、いつもより重苦しく感じられた。
「ただいま」
廊下から聞こえる声に、「おかえり」と返す洋子の声は、わずかに硬かった。
夏美がキッチンを通りかかったとき、その視線がテーブルの上の書類に吸い寄せられる。ぴたりと足を止める夏美に洋子は思わず声をかけた。
「これ、どういうこと?」
思ったよりも声が強く出てしまった。夏美は一瞬、視線をそらし、次に小さくため息をついた。
「……勝手に見たんだ」
「見たわよ。説明してちょうだい」
しばらく沈黙が流れたあと、夏美は椅子に腰を下ろした。
「脱毛サロンで契約したの。一括では払えなかったから、カード作った」
夏美の声は落ち着いているようで、どこか諦めも混じっていた。あきれと怒りが同時に胸の中で渦を巻く。
「なんでそんな、ばかなことを……」
「お母さん、私もう二十歳だよ。自分のことは自分で決められる」
「だからって……一人でこんな大きな買い物するなんて……あなたはまだ学生なのよ。自立してるわけじゃない。お母さん、調べたの。消費者センターに聞いたら、まだクーリングオフできるって」
洋子の言葉に、夏美の目付きが鋭くなった。
「分かってる。でも、こうでもしないと変われないの」
洋子は一瞬、言葉を失った。
夏美は視線をテーブルに落としたまま、ぽつりぽつりと話し始める。
「子どものころからずっと、お母さんの言う通りにしてきた。髪型や服も……全部。お母さんは『似合ってる』って言ってくれたけど、学校じゃからかわれた。『おばさんみたい』って笑われたこと、何度もあった」
その声には、長い間押し込めてきたであろう感情がにじんでいた。
「コンタクトにしたいって言ったときも、『危ないからダメ』で終わったよね。制服のスカートを少し短くしたいって言ったら、『みっともない』って。……お母さんは私を守ってるつもりだったんだろうけど、私はずっと苦しかった」
洋子は声が出なかった。胸の奥が痛い。夏美のためを思ってしてきたことが、実は彼女を苦しめていたというのか。
「でも、言えなかった。お母さんは間違ってないって、そう信じてたから。でも……大学に入って、少しずつ、自分も変わっていいんだって思えるようになった。脱毛だって、ただのぜいたくじゃない。自分に自信を持ちたいから」
夏美は顔を上げ、まっすぐ洋子を見た。その瞳には、いつになく強い意思が宿っている。洋子は何も言えず、ただ彼女の視線を受け止めることしかできなかった。
あんなに内気だった子が、こんなふうに自分の想いをぶつけてくる日が来るなんて、想像もしなかった。
ぼうぜんとしているうちに、夏美は静かに自室に上がってしまった。リビングには、時計の秒針の音だけが響いていた。