「大事にする方法を間違えていたかもしれない」
夜が深まっても、洋子はリビングのソファに座ったままだった。
「私はずっと苦しかった」――その一言が胸に刺さったまま抜けない。
洋子はこれまで、夏美を守るために正しい選択をしてきたと思っていた。安全な道を歩ませることが最善だと信じていた。しかし、それは洋子の価値観であって、夏美の望む人生ではなかったのかもしれない。夏美からしてみれば、洋子の言葉は頭ごなしに否定してくるだけのものだったのかもしれない。
洋子はふと思い立ってスマホを手に取り、脱毛について自分なりに調べてみた。このまま何もしないより、少しでも娘の負担を減らしたい――その一心だった。
夕方、夏美が帰宅すると、洋子はエプロンを外してリビングへ向かった。
「夏美、ちょっと話があるの」
そう切り出すと、夏美は少し身構えたように見えた。
「昨日のこと、考えたのよ。それでお母さんも調べてみたの」
洋子は彼女の向かいに座り、まっすぐ目を見る。
「やっぱり、あの脱毛サロンはクーリングオフできるうちに契約を解除しておいたほうがいいと思うの」
「……え?」
「もし本当に脱毛したいなら、医療脱毛っていうのもあるんでしょう? 美容脱毛に比べると高いけど、短期間で終わるみたいだし、何かあった時にもお医者さんに相談できて安心だし」
沈黙が数秒続いた。夏美は信じられない、というように洋子を見ていた。
「……お母さん、脱毛に反対じゃなかったの?」
「もう反対はしない。夏美に必要なことなんでしょ? 昨日まで、私は自分が正しいって思い込んでた。でも、それは私の価値観を押し付けていただけだった。今まで本当にごめんなさい」
夏美は視線を落とし、指先でテーブルを軽くなぞった。
「……そんなふうに言ってくれると思わなかった」
その声には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。
「お母さんは、夏美を誰よりも大事に思ってる。それは変わらない。でも、大事にする方法を間違えてたのかもしれない。もっとあなたの気持ちを尊重するべきだった」
そう告げると、夏美は小さく息をつき、ほんのわずかに口元をゆるめた。洋子も同じように微笑み返す。
台所からは煮物の匂いが漂ってくる。その夜、洋子は久しぶりに夏美と食卓を囲んだ。