要介護状態の81歳の母・君枝を定期的に訪問する娘の百合子。最近、母に認知症の兆候が現れ始め、一人暮らしを心配した百合子が老人ホーム入居を提案する。

しかし「私を一人にしないで」と子どものように泣き出す母の姿に言葉を失ってしまうのだった。そんなある日、台風が接近。

雨の日に体調を崩しやすい母を心配した百合子は、荒天の中、母の家へと車を走らせるのだった―。

●前編『「なんで私を一人にするの」いつも笑顔の80代の母、通い介護の娘に子どものように泣き出した「あるひと言」』

母の住まいはもぬけの殻で…

母の住む公営住宅に到着した百合子はすぐに鍵で解錠しドアを引いた。しかし、ドアは開かない。もう一度鍵を差し込むと、今度はしっかりとドアが開いた。

―鍵が開いている。その瞬間、胸騒ぎがした。

玄関を開くと空っぽの玄関が目に留まる。1度だけ君枝の名前を呼ぶがいつもの明るい返事は返ってこない。百合子は部屋をぐるりと1周し、君枝の姿を探したが見つからない。電話を掛けてみたが、電源が切れているらしく繋がらなかった。

百合子は急いで車に戻り、トランクを開けて念のために入れておいたカッパを取り出して羽織った。
先ほどよりも雨風が激しくなってきている。百合子の胸中には心配が募った。年のために、もう足腰だって強くない母が、何か事故に巻き込まれる最悪の想像さえ頭によぎった。

百合子は君枝がいそうなところを歩いて探した。散歩コースの公園。いつも買い物をしているスーパー。バス停。公民館。しかしどこを探しても、君枝の姿は見えなかった。
雨足はどんどん強くなっていた。1人で探すのにも限界があるだろう。百合子が警察に連絡しようと携帯電話を取り出したところで、先に携帯のほうが震えた。
電話の相手は警察官で、交番にて君枝を保護しているとのことだった。百合子は住所を伺い、すぐに交番へ向かった。

首からタオルを下げた君枝の髪はまだ少し濡れていた。見たところ怪我をしたりはしていないようで、百合子は胸をなでおろす。

「もう何やってるのよ……!」

思わず口をついて出た叱責に、君枝はタオルに顔を埋めて泣き出してしまった。まあまあ、となだめてきた警官に着席を促され、百合子は事情を聞かされた。
「巡回をしていたら一人で歩いてるのを見かけて危険なので声をかけたんです。そうしたら『達郎さんが危ない、助けないと』っておっしゃって。この雨ですし、歩き方もフラフラとしていたので1度交番で保護をしたんです」

「達郎さん?」
聞いたことのない名前だった。

「ご存じないですか? お知り合いだとは思うのですが……」

「お母さん、達郎さんって誰なの?」

百合子は背中を擦りながら君枝に尋ねた。けれどすでに泣き止んでいた君枝は電源が切れたように動かず、じっと黙り込んでいた。