地元の夏祭りを家族で楽しんでいた沙織だったが、息子の海斗(小2)が同級生の紘くんにお金を手渡す瞬間を目撃してしまう。

夫は些細なことだと言うものの気になった沙織は帰り道で確認すると、海斗は紘くんが「お小遣いがない」と困っているため何度もお金を貸していたことが分かる。しかも紘くんは他の友達からもお金を借りており、まだ返済していないという。

母として息子の優しい心は嬉しいものの、友達間での金銭の貸し借りはトラブルを招くと感じた沙織は、お金の大切さと友情への影響について海斗に優しく諭すのであった。問題は解決するのだろうか―。

●前編:『「でも、困ってたんだよ?」小2の息子がまさかの行動、母が驚愕した夏祭りでの「子ども同士のやり取り」』

授業参観の場で紘くんの母親に確認するも…

あっという間に夏休みが明けて、授業参観の日がやってきた。教室の隅に並べられた保護者用の椅子に腰を下ろしながら、沙織はそっと教室を見渡す。あちこちに夏休みの宿題が展示されていて、色鮮やかな工作やクレヨン画が目を引く。

海斗の描いた夏祭りの屋台を見て、沙織は思わず微笑んだ。

授業参観からの帰り際、沙織は勇気を出して1人の保護者に声をかけた。

「すみません、あの……桜井さん……ですよね?」

やや怪訝そうな表情で振り向いたのは、カッチリしたセットアップに身を包んだ女性。彼女が紘くんのお母さんだ。今までにも何度か挨拶をしたことがあるのだが、どうやら認識されていなかったらしい。

「そうですけど……?」

「急にすみません。山城海斗の母です。紘くんが、うちの海斗とよく一緒に遊んでくれてるみたいで」

「ああ、こちらこそ。紘も海斗くんと遊ぶのが楽しみみたいです」

警戒心を解いてくれた様子に胸をなでおろした沙織は、覚悟を決めて、本題を切り出すことにした。

「あの……少し言いにくいんですけど、海斗が紘くんに何度かお金を貸していたようなんです」

一拍の沈黙。彼女の眉がぴくりと動いた。

「はい? うちはちゃんと、お小遣いは渡してますけど?」
声のトーンが鋭くなる。

「先日の夏祭りの日に偶然お金を渡しているところを見てしまって……海斗から話を聞いたところ、紘くん、ほかのお友達にも借りているみたいだったので気になっていたんです」

「それって、うちの子がカツアゲしてるって言いたいんですか?」

彼女の目が、強く沙織を射抜いた。思わず怯んでしまう。

「そういうつもりでは……ただ親御さんからも本人に確認してもらえればと思って」

「必要ありません。うちの子に限って、そんなことないですから」

そう言い放って、彼女は踵を返して歩き去った。

残された沙織は、立ち尽くしたまま、ただ心の中に冷たい風が吹き抜けるのを感じていた。信じてもらえなかったことが思った以上に堪えたようだ。沙織の言葉は、きっと子育てへの批判と受け取られたのだろう。

「……あの」

声がして顔を上げると、別の母親が沙織に小声で声をかけてきた。

「すみません、ちょっと聞こえちゃって……実はうちの子も、桜井さんにお金貸してるみたいなんです」

「そうなんですか……」

「だから可哀想だけど、もうあの子とは遊ばないようにって言ってあります。お金も返してくれないみたいだし、これ以上トラブルになる前にって思って」

その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。
確かに、親として子を守るためには、距離を置く判断も必要なのかもしれない。だが、そうして人との繋がりが失われていく先に、紘くんは何を感じるのだろうか。そして、海斗はそんな彼を見てどう思うのか。

保護者と別れ、学校から帰宅する沙織の心は、鉛のように重たかった。