帰宅後にやってきたまさかの人物

玄関のチャイムが鳴ったのは、夕ご飯の支度に取りかかろうとした矢先だった。

インターホン越しに映ったのは、見覚えのある2人の姿。ドアを開けると、紘くんとその母親が並んで立っていた。母親のほうは、随分青白い顔をしている。

「急にすみません、山城さん……本当に、申し訳ありませんでした」
お母さんは深く頭を下げた。あの授業参観の日の険しい表情とはまるで別人だった。

「……まずは、お話を聞かせてもらってよろしいですか?」

「はい。山城さんがおっしゃっていた通り、紘は息子さんにお金を借りていたことが分かりました。ほら紘、ちゃんと話しなさい」
母親に促され、紘くんが小さな声で口を開いた。

「ごめんなさい……お金、返さなきゃって思ってたけど、お菓子とかゲームに使っちゃって……」

「本当に申し訳ありません。これ、海斗くんから借りた分です」

そう言うと彼女はそっと、封筒を差し出してきた。

「……ありがとうございます。紘くんも、返しに来てくれてありがとうね。海斗ー、紘くん来てるよ」

家のなかに呼びかけると、「え」と驚いた様子の海斗が玄関へとやってくる。紘くんは海斗の姿を見るや、わずかに俯き、「ごめんなさい」と頭を下げた。

その姿を見て何のために家にやってきたのかを理解した海斗は、そっと彼に近づいた。

「いいよ。僕も最初、ダメなことって知らなかったし」

そう言って、海斗はいつもの調子で笑ってみせた。紘くんも、おずおずと目を上げて、少しだけ口元をゆるませる。

「本当は、もっと早く気づいてあげるべきでした。あの日、山城さんが声をかけてくださったとき、棘のある態度を取ってしまってすいませんでした。本当に、親としても人間としても恥ずかしいことを……」

「とんでもない。私もどうすればいいか分からなくて、いきなり失礼なことを言ってしまって」

「いえいえ、そんな。とても助かりました。山城さんには感謝してるんです」

謝罪と感謝をお互いにくり返す沙織たちのやり取りを海斗たちは不思議そうに見上げていた。その様子がおかしくて、沙織も紘くんの母親と顔を見合わせて小さく笑った。

「バイバーイ」

帰り際、玄関で紘くんが小さく手を振った。その後ろ姿を見送りながら、沙織は心からほっとした。間違えることは誰にでもある。でも、そこで立ち止まり、向き合って、もう一度歩き出せるかどうかが大事なのだと改めて思った。親も子どもも、きっと同じだ。

海斗の頭をそっと撫でながら、沙織は小さくつぶやいた。

「良かったね、海斗」

彼は照れくさそうに笑って、家の奥へ駆けこんでいった。
夏はもうすぐ終わる。でもこの夏に起きた出来事は、きっと沙織たちの心の中に長く残るだろう。