父が捨られなかったもの
週末になると、惟子は車で地元に向かった。さすがにあのスーパーに顔を出す勇気はなく、少し遠回りすることになりながら、いくつかの食品と日用品を買い揃えた。再び実家のドアを開けると、父はリビングのソファに座ったまま、ただぼんやりと窓の外を眺めていた。
「来たのか」
それだけ言って、また視線を戻す。
「うん。片付けしようと思って」
「そんなことしなくていい」
「そう言うと思った。でも、するよ」
惟子は台所へ入り、袋から食品を出して冷蔵庫にしまい、シンクに溜まった食器を洗った。
一段落すると、今度はリビングを片付け始めた。床に散らかったチラシ、空き缶、空になった薬の包装。ゴミをまとめ終わると、引っ張り出した掃除機を手にあちこち歩き回った。
父は何も言わず、ただ時折、惟子に視線を送った。
「……お前、忙しいのに、こんなことしに来たのか」
「そうだよ。私がやらなきゃ、誰がやるの」
惟子は父の返事を待たず、廊下を抜けて奥の和室へ向かった。リビングほどは散らかっていないが、埃だらけなのは変わりない。開けっ放しの襖から、段ボールが飛び出ている。
「あれ、これって……」
のぞき込んだ箱の中に入っていたのは、古いアルバム。畳の上に座り込み、ページをめくると、そこには若い父と母、そしてまだ幼い惟子が写っていた。母の笑顔が眩しい。父はカメラを前に少し照れたような顔をしていた。
「惟子7歳・遠足の朝」
写真の横には、少し癖のある母の字で書かれたメモが貼り付けてある。
「こんなの……取ってあったんだ」
懐かしくてつい夢中でページをめくりながら、惟子はふと気がついた。
荒れ果てた家の中で、この箱だけが埃を被っていないことに。
「お父さん……」
きっと、父はアルバムを眺めていたのだ。誰もいないこの家で、たった1人。
ひょっとすると父はそれを後悔していたのではないか。口には出さなくても、手放せなかった思い出が、この箱の中に静かに眠っていた。
「……お父さんも捨てられなかったんだね」
窓の外から、柔らかい陽が差し込んでいた。