娘からの連絡はまばらで
「お、いい匂い。今日はカレーか」
「ただのカレーじゃないわよ」
仕事から帰ってくるや目ざとく夕食の献立を気にする夫に、夏子は得意げな笑みを向ける。ミトンをつけた両手でオーブンから取り出したのは、カレーにチーズと卵を乗せてオーブンで焼いた「焼きカレー」だ。
「おお、焼きカレーか。美味しそうだ」
「でしょう? この前の福岡旅行のときに食べてすごく美味しかったから、ちょっと挑戦してみたの。さ、早く手洗って着替えてきて」
夫はネクタイをほどきながらリビングから出て行く。夏子はもう慣れつつある広くなった食卓に、2人分の焼きカレーとサラダを並べる。
3月中こそ肉じゃがを作るときのみりんの量だとか、シルクは洗濯機で洗えるかだとか、頻繁に有希からの連絡があったが、本格的に大学生活が始まったこともあり、4月も後半に差し掛かった今となっては、有希からはめったなことがない限り連絡がない。
たしか最後の連絡は、入学式の3日後、どのサークルに入ろうか迷っているという話だった。便りのないのは良い便りとはよく言うが、きっと楽しくやっているのだろう。東京での毎日の充実ぶりは、2週間前に届いたきりの短いメッセージからもしっかりと伝わってきていた。
焼きカレーを食べて、洗い物をして、なんとなくテレビを観たり、読書をしながら食後のコーヒーを飲む。50手前の夫婦が2人で過ごすリビングには静かでゆったりとした時間が流れている。
子育てを終えた親なんてこんなものなのだろう。夏子には趣味らしい趣味もなかったから、これからは何か熱中できるものを探してみるのもいいのかもしれない。そんなことを考えながら読んでいた本のページをめくると、スマホが震えた。ロック画面に、静香からのメッセージを受信した通知がポップする。夏子はすぐにメッセージを開いた。
『ご無沙汰してます。有希、実家のほうに帰ったりしてますか? 最近、連絡しても全然返事がないし、家に行ってみても留守みたいで、、、』
読み終えるより先に、夏子は震える指で静香に通話をかけていた。
●娘にいったい何が起こっているのか。夏子は一路、東京に向かうのだが、有希が暮らすマンションにはその姿がない。部屋に残された手掛かりから、夏子はその居場所を見つけ出すのだが……。後編:【大学進学を機に上京するも音信不通になった娘がいたのはまさかの…そして母が告白した「夜の町で過ごした過去」】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。