<前編のあらすじ>
夏子は広く感じられるようになった家に、一抹の寂しさを感じていた。娘の有希が大学進学を機に上京したのが理由だった。
有希の友人である静香も共に状況していたことから、夏子はそこまで心配はしていなかった。
入学してしばらくしてから、通話アプリによる連絡も途絶えていたが、頼りがないのは良い便りだ。そう思っていた。
しかし、ある日、静香から連絡が届く。そこには、しばらく有希を目にしていない旨が書かれていた……。
前編:大学生活に羽ばたいた娘の連絡が途絶えがちに…そして娘の友人から届いた平穏な日常を揺るがす一報
急ぎ、娘の元に向かい
新幹線を降りると春のぬるい風が髪を撫でたが、夏子にはそんな四季の移ろいに意識を向ける余裕はなく、階段を下り、改札を抜け、人の多さにめまいがしそうになりながら在来線に乗り換える。
平日の昼間だというのに人の密度が高い電車に30分弱揺られれば、有希の住むマンションの最寄り駅に到着する。頭上の案内表示を慎重に確認しながら改札を出ると、ニューデイズの前に立っている静香が見つかった。
「静香ちゃん、ありがとうね」
夏子は静香に頭を下げて、有希のマンションへと向かう。事前に連絡しておいた管理人は挨拶をするとすぐに302号室の鍵を開けてくれた。
「ちょっと、何なのこれ」
異変は玄関から明らかだった。
通販サイトの段ボール箱が封を開けたり開けなかったりしたまま積み上げられていた。足が痛くなると言ってローファーではなくスニーカーで学校に通い続けた有希らしくない、窮屈そうなピンヒールが玄関でひっくり返っていた。
「有希!」
試しに声をかけてはみたが、やはり返事はない。静香と顔を見合わせた夏子は覚悟を決めて、部屋のなかに足を踏み入れた。
ワンルームの室内は散らかっていた。玄関と同じように段ボール箱が散乱し、ワンピースやメイク道具が転がっている。しかしシンクなどはきれいなままで、誰もいない室内のかすかな埃っぽさを甘い香りのするルームフレグランスが香りづけしていた。
夏子は深く息を吐いた。息を吐きながら、ひざから力が抜けて床に座りこんだ。想像していた“最悪”は避けることができたことに安堵していた。