久方ぶりにあった母は

インターホンの乾いた音が冷たい空気に広がった。薄い扉の向こうで人の気配がして、やがて扉がゆっくりと開いた。

「どちら様?」

出てきたのは母だった。午前十時、まだ寝間着姿だった。

めぐみは記憶よりもひと回りしぼんだように見える母を見下ろした。髪は痛み、肌は弛んでいる。今年で56歳になる母は、会っていなかった年月の分だけ、年相応に老いている。まだ、父にすがって生きているのだろうか。ふとそんなことを思った。

「めぐみ」

母が目を見開き、呆けたように口にした言葉に、当の呼ばれた本人は現実感が持てなくて、すぐに反応はできなかった。

「めぐみ。めぐみ……そうか、めぐみ。立派になって」

母の目から大粒の涙がこぼれる。涙はこけた頬を伝うことはなく、出っ張った頬骨から地面に落ちてしみをつくる。

本当はめぐみだって分かっていた。母はたしかに父を愛していたかもしれないが、それだけではない。あんな父親でもいないよりはましだろう、と母はよく言っていた。それがめぐみのためになったかは分からないが、めぐみのためを思っての言葉だったことは間違いない。

それなのにめぐみは、苦労ばかりしている母を見ていられなくて、家を出た。
同じだった。嫌悪していた父と同じで、母を捨てたのだ。

「お母さん、ただいま。ごめんね」

めぐみは恐る恐る母を抱きしめる。その身体は骨ばっていて弱々しく、だが温かく、めぐみの背中に腕を回す。もう母からは檸檬の香りはしなかった。