生まれ育った町へ

結局、めぐみは旅行のついでということならと、和仁の提案を受け入れて、東北地方にある生まれ育った町へ向かった。

旅行のついでとはいっても、めぐみの生まれ育った町に目立った観光資源があるわけではないから、そんなものはただのこじつけであると分かっている。それでもめぐみにとっては必要な言い訳だった。

「へぇ、ここがめぐみの育った町かぁ。思ってたより雪が残ってるんだね」

レンタカーを運転しながら、窓の外に広がる景色を物珍しそうに見回している和仁の言う通り、まだ4月に入ってすぐの時期は雪が残っている。東京生まれで東京育ちの和仁からすれば、この時期の雪も、雪かきによって腰の高さまで積み上げられていることも珍しいのだろう。

人気は少なく、建物はどれも低いので青空が広い。ただ景色だけを見れば美しい光景なのだろうが、めぐみの胸中は複雑だった。

「ちょっと、前見て運転してよ」

「分かってるって。でもスタッドレスだから大丈夫」

「スタッドレスを過信しないで」

めぐみは助手席でスナック菓子を食べながら気を紛らわせる。緊張からの暴食なんてみっともないが、こうでもしないと平常心を保てそうになかった。

「あ、このへん」

めぐみは背もたれに寄りかかっていた身体をわずかに浮かせて窓の外を見る。雪景色の向こうに、子どもの頃よく母と訪れたスーパーがあった。まさか今も残っているとは思わず声が大きくなってしまった。いい思い出なんて何もないはずなのに、懐かしさは負の感情をオセロのようにめくっていくようだった。

記憶では、スーパーを通り過ぎた路地を入ってしばらく進むと個人経営の弁当屋がある。腰の曲がったおばあちゃんがやっていた弁当屋は、母がお金だけを置いて仕事に出た夜によく訪れた。

しかし弁当屋はつぶれていて、コインランドリーになっていた。夕方、1人で弁当を買いにいくと、いつも唐揚げをひとつサービスしてくれたことを思い出す。

景色を眺めているうちに、かつて母と暮らしていたアパートにたどり着く。クリーム色の外壁は何度か塗り直しされているだろうに、雪のなかではひどく黒ずんで見える。和仁は車を停めてエンジンを切る。エンジンを切ったのは、いつまでも踏ん切りがつかずに外へ出ようとしなくなるめぐみを見越してのことだろう。

「行こう」という和仁の後押しで、めぐみは車を降りる。もしまだ母が生きて、住んでいれば、二階の奥から二番目の部屋にいるはずだった。めぐみたちは雪を踏みしめ、軋む階段を上がり、扉の前に立った。

表札はない。それでもめぐみはたぶん母がまだ住んでいることが分かった。玄関扉の脇には、もう二十年以上前のものなのに、錆ひとつない三輪車が――めぐみの三輪車が置いてあった。