夫の不倫がわかり

幸せだった時期がかすみにもあった。

夫の達之と結婚し、一年半の新婚生活ののちに唯菜のことを身ごもった。達之はこの年代の男にしては珍しく、悪阻などの女性の体調やホルモンバランスの乱れからくる気持ちの不安定さに理解があり、かすみもその優しさに何度も助けられた。

仕事で忙しく、妊娠中のかすみはほったらかしにされることも多かったが、大きくなったお腹を撫でては嬉しそうにしている達之を見ていると、この人を選んだことは正解だったと思えた。

だが幸せは続かなかった。実家での静養から生まれたばかりの唯菜を連れ帰って間もなく、達之の不倫が分かった。相手は取引先の会社で事務をしている若い女だった。ホルモンバランスの乱れなどの対応に詳しかったのも、その女からの受け売りの知識だった。

事実を知ったかすみは、産後間もないころで相変わらず不安定だったこともあり、達之を徹底的になじった。

不倫相手の髪を撫でた手でかすみのお腹を撫でたこと。不倫相手に愛をささやいた口で唯菜の誕生を祝ったこと。どれも許せるはずがない。

そんなかすみの怒りが効いたのか、あるいは単に取引先の女に手を出したと知れ渡ることの体裁の悪さを恐れたのか、達之は関係を清算し、かすみに何度も土下座をして謝った。

もちろんそんなことで許したりはしなかった。だが、妊娠して仕事を辞めていた当時のかすみには、達之の稼ぎなしに何ひとつ不自由させることなく唯菜を育てていくことは途方もないことのように思えた。だから憎悪を呑み込んだ。

以来、かすみと達之は寝室を分け、半ば家庭内別居のような暮らしを送ってきた。2人が会話をするのはお互いがそれぞれ愛情を注ぐ唯菜に関わることだけ。

すでに粉々に砕けている家族というモンタージュを辛うじて繋ぎ止めていたのが唯菜だった。だがもうそれもなくなる。

もう一度、隣で涙を拭いている達之を見る。かすみの目は、もうとっくに渇いてしまっている。